街の美味しいパン屋さんに通う層と、スーパーで安売りのパンを探す、或いはその中でも値引きとなった商品ばかりを漁りに来る層まで、経済格差だけでなくそもそも食に対してどの程度の認識なのか?まで含めて自身の口にいれるものについての食育、更には親の背中の見せ方はどうなっていくのか?

 

子どもたちに尋ねる将来なりたい職業にも度々上がるパン屋さん。その現実を垣間見る記事を見付けた。

日本人は他国と比較して惣菜パンやデザートパンがやたら多く、食パンからパリジャンやバタール等主食パンがメインになっているところは、閉店ラッシュの高級食パン屋と海外ブランドの高級パン屋くらいだろうか?


パン屋の朝は早くまた仕込みも多く、時間のかかる工程も含み体力仕事に想像以上に大変さを思い知らされるアルバイト経験者もいるのではないだろうか?

また逆に参入障壁は低く、家の一部を改装してパン屋を営んでいる女性も多く身の回りにも存在している。週に数日だけの開店。売り切れ御免の営業形態。食材や工程もこだわりの一品。日持ちもせず添加剤や保存料も極限まで使用しない、或いは一切使用しない等回転よく出来ている。


そんなこだわりパン好きでも、食べきれないからと冷凍保存はしていないだろうか?それが正しい保存法だとして、そのパン屋が望んでいる事なのだろうか?パン屋はその日や翌日食べられる量を適切に保存すること無く食べてほしいのでは?


一方でとにかく安さが正義として1円でも安く買いたいとチラシやネット情報に必死で更には特売日や値引きシールが貼られる時間帯を見越したり値引き品のワゴンしか商品を見ない人達もいる。また安さを優先する層程日持ちを気にして1日でも消費期限の長い商品を細かくチェックしたりする。

また、朝の出勤前にスーパーを立ち寄るビジネスマンは収入やスーツの金額抜きにお勤め品をテキトーに取りレジに向かう。ガソリンなので拘りも無いのだろう。食事なのか?ガソリン補給なのか?自身で分けているのだろう。

これが現実だ。


また、そんなスーパーに安く人気のパンを毎日大量に供給するメーカーはメーカーなりにこだわりを持って製造しており、何万個という個数を毎日作り続けるため24時間休み無く工場は回り続ける。ネットを見ればその過酷さは枚挙に暇がない程で、日夜使い捨てられる多くの日雇い派遣が大量に投下される。


フードジャーナリストやらブレッドジャーナリストなるものまで存在しているらしいが、女性のこと食に関するジャーナリストとは何をどこまで知ろうとして報道したいのだろうか?

世間に情報を届ける、その目はどこを見ているのか?綺麗なカフェで原稿をまとめたり、小さな成功者を取り上げて仲良くなり顔利きになったり、そのうち書籍にまとめてグルメ評論家気取りになるのが己の成功とでもいうかの如き振る舞いではないのか?

それは受験勝ち組だったり、就職勝ち組の行く末だとでも言いたいのではないか?


食育、昔は学校ではなく家庭で教えられながら食べ学んだものだった。教えられなくなった親が増えたからわざわざ学校で取り上げなくてはいけなくなったのでは?或いはそこに商機を見た人達がビジネスとして教育に食も含めたほうが良いと考えたのでは?

生産者の苦労やフードロスを学校で学び、家に帰り母親と買い物に出掛けると安売りスーパーで値引きシールをチェックさせられ安いが正義と笑い顔で戦利品を眺める親の顔に学校での授業内容に結びつく事は有るのだろうか?


スーパーで特売品として取り扱われるのはそれだけ大量発注しているからだ。当然廃棄も織り込み済み。商品棚に入り切らない程大量発注し、売れ残りは値引きシールで対応し、それでも廃棄するものだってある。スーパーの客でそこまで考えているのはどれだけいるだろうか?

限定数も記載してあっても、商品が無いとクレーム入れたり、閉店時間ギリギリで商品が無い、少ないから選べないとクレームが入る世の中にしたのは誰なのだろうか?


営業時間、品数、応対態度、梱包資材、無料で求める要求の高さ、カスタマー天国にしてしまい、その結果サービスが良くなければ悪い店の烙印を押されてしまう。箸だのフォークだのストローだのお手拭きだのトイレ貸してくれだのビニール袋は何に使うのか?大量に持って帰り、段ボールが欲しい、質問には早急に答えろ、あの商品は何故置かないのか?会計が並んでいる、無料の袋は無いのか?温めろ!お湯が何故無いのか?


どこかで出来た、してもらえたサービスは全国共通の様な認識だ。かと言ってしてくれたその店だけに通うわけではなく、覚えたことをさもアドバイスの様に他の店で偉そうに言ってくる。


お客様を選び、教育し、店側のワガママが通る店と通らない店が有り、特に日本は圧倒的に商売を大きくすれば多数派を相手にしなければならなくなりその多数派とはカスハラを含む安いが正義派なのだ。


公教育にセレブしか通用しない考え方を取り入れるのはそれこそ現実を見ない教育であり、現場教師が子どもたちから

「先生はフードロスや生産者の苦労を考えながらおうちでご飯作ったりしてるの?お買い物とかどこで買ってるの?」と尋ねられ、授業通りの模範解答を答える教師はどれだけいるだろうか?大抵は笑いながら現実はスーパーで安いが正義を実践していると答えているのではないだろうか?


食を気遣う、身体に良い物だけを摂取するのはそれなりの費用がかかる。しかも恒久的にだ。その生活水準を維持できるほど教員はセレブではないしセレブ出身でもない。そんな教師と親に囲まれて子どもたちには理想論を教えるのは喜劇としか言えないだろう。


また記事にあるような現状を報道するジャーナリストはセレブ気取りで最大手メーカーの努力や取り組みとその工場の闇はどこまでご存知なのだろう?薄っぺらくて笑える。