@シン・レッド・ラインを見ました。
僕の祖父はガダルカナル戦で食糧を補給する役をやっていたと聞きました。
祖父は死ぬまで僕の父を始め周りの人には一切戦争の話をしなかったと聞きます。
死後、親戚の人から話を聞いたと父は言います。
祖父は戦争が終わった後、教員になり、校長を務めました。
その後、僧になりました。
祖父の一生は僕に深い影響を与えます。
国のため、強制的に戦争に駆り出され、
目の前で同胞の死を見つめ、
なぜ自分は生きているのかを考えたと思います。
生きるとは何かを考えたと思います。
何のために自分は戦っているのかを考えたと思います。
戦争なんか本当はしたくなかったと思います。
僕は祖父が生き残ってくれなければ、
そして、三人の子を残していなければ、
その子が生きれる環境がなければ、
戦争が終わっていなければ、
生まれることができませんでした。
今、生きていて不自由は?と問われれば正直なところはあります。
しかし、
したいことをする自由があります。
戦争に行かなくてよくなったのです。
命をかけて殺しあわなくてよくなったのです。
日米協力して世界を共存することができるようになりました。
僕に出来る努力とは?
・その世界を壊すことでしょうか?
違います。
・では己の主張を一方的に通し続けることでしょうか?
それも大事です、しかし、全てではありません。
・嫌なことを拒否することでしょうか?
それは大事です。
・「僕」という人間は何のために生きているのでしょうか?
必ずしも人にいい影響を与える価値がある、とは思いません。この地球に実在する一人の人間です。溢れんばかりの才能があるとは思いません。わかりません。
祖父は人間の一生を絵に描いたようにきれいに、素晴らしい道を通って行きました。
比べることではありません。
人の人生を比べられません。
「僕」とは「これから」そして意思はいつでも「今から」
やっていることは毎日の
・英語の勉強
・ファッションの勉強
・経済の流れの確認、予想、検証。
僕は僕の、時間と感情のコントロール権を保持しています。
邪魔はありません。
願わくば、騒動に巻き込まれぬように。
映画中の日本人の中に
座禅をして敵兵に抵抗しない兵が描かれていました。
ガダルカナル戦に関する資料では、日本人は誇りを失い、野人化したとの資料もあります。
自分なら際に立たされた時どうするか
人生は綱渡りのように慎重に、重心を一点に集めて集中しなければ落ちてしまいます。
今、生きているのだ。









