はやい、はやい、はやい!
立秋も過ぎて、肺がんの父が亡くなってから四十九日も過ぎた。
さすがの母も身体に来てるようで
先日からものが食べれなかったり、おなかを下したりと調子が悪い。
香典返しやクレジットカードの始末などまだまだやることは残っている。
父は生前から
「葬式をやるな」
「墓を作るな」
「骨はセーヌ川とハドソン川に撒け」
と言っていた。
遺言に明文化されてはいない。
しかし、故人の遺志継ぐべきであるが
実は結構困っている。
四十九日もお坊さんは来ない。というか、今までお経はあげていないのだ。
それはまだいいけど、
何かやっぱり手を合わせて言葉をかける対象物が欲しいのが日本人。
墓はどうする??
母「(母方の)おばあちゃんおじいちゃんのところに入れようか。近いし、いいよね。
名前が彫ってある、上の石を変えればいいんじゃない?今っぽい形にして・・」
弟「墓は作るなっていっているから、それはない」
私「そんなアウエー感、お父さんが嫌がるでしょ」
みたいな会話が続く。
やはり、人と違う事をするのには意外にエネルギーがいる。
今日は骨を砕きに行った。粉骨だ。
撒くために、2ミリ以下に細かく砕くのだ。
粉骨屋さんへは車で行く(宅配で送ってもいいそうだが、まあそれはかわいそうだから)
それをなりわいにしている不思議な太ったおじさんが
一万二千円で乳鉢で粉々にしてくれた。
のどぼとけと少しの骨はそのままにして、残り全てすりつぶし
500グラムにもならない白い粉になった。
なんと、お父さん、粉ですよ。
そしてこれを撒くのだ。
NYとパリには今年はいけないが
ゆかりのある瀬戸内海とか北海道とかには撒きに行こうかと思っている。
そして残りの骨の行く末を考えなくてはならない。
永代供養や樹木葬もしちゃだめなのかなあ・・
もっと細かく指定しておいてよ・・・と思う。
癌って死の準備ができるって言われるけど
ほんとはそんなこともない。
死と向き合うのはなかなか難しいらしい。
母はあっさりしていて、曰く
「生きている人がやりやすいようにやればいいのよ」
ごもっとも![]()