娘4歳、息子は生後半年になるかならないかくらいの頃。

ある日の夕方だった。

主人は仕事。

いつものように家事育児に忙しかった私。

完母の息子に授乳中。

あれ?

目がまわる。

みるみる酷くなり倒れ込んで起き上がれなくなった。

吐き気も出てきたので娘に袋を持って来てもらう。

とりあえず息子には横になったまま授乳をし、そのまま寝かしつけた。

さて、どうしよう。

めまいが酷すぎて起き上がれない。

それどころか寝返りすらうてない。

娘には夕ご飯として何もつけてない食パンを自分で食べてもらった。

主人に連絡をして、夕飯は食べてきてもらった。

一応主人にはめまいで倒れた、目を開けるのも精一杯という状況は伝えたが、所詮めまい。

まぁ私も寝れば良くなるだろうと思っていた。

いつものように主人は自分の部屋で、私と子ども達は私が倒れたリビングで寝る事にした。

何とか寝付いた私だったが午前3時ごろだっただろうか。

あまりのめまいに目が覚めた。

12時間以上寝返りがうててないので身体中が痛い

トイレも限界

そんな時息子が泣き始めた

おっぱいが欲しくて泣いてるのは分かっていたが、もう添い寝で授乳すら無理だった。

出口が見えなかった。

そして別室にいる主人のケータイを鳴らして起こした。

「ああっ!もう!」

別室から主人のイライラした声が聞こえた。

こっちに来てくれたが、

主人「なんなの?」

「救急つれてって」

主人「はぁー…」と、ため息。

主人「今救急行ったら俺仕事に行けないじゃん」

「……ごめん」

しかし吐き散らすであろう私をおんぶして4歳の娘と乳児の息子を主人1人で連れて行くのは無理なので、救急車を呼ぶ事にした。

私は先に病院に着き、後から主人が子供達を連れて来てくれた。

検査と処置で気づけば朝。

主人は仕事を休む事になり機嫌が悪い。

私のせいで申し訳ない。

でも一瞬でもいいから心配してくれてもいいのに、という気持ちもあった。

私が倒れてから半日経つのに彼の口からは「大丈夫?」ではなくため息しか聞こえてこない。

そして、私にとって悪夢の1日が始まる事になる。

主人のせいで。
主人は変わったと勘違いしていた愚かな私は2人目を妊娠した。

妊娠検査薬に陽性反応が出ると、主人も私も涙を流して喜んだ。

程なくしてつわりが始まった。

上の子の時より少し強めのつわりだったためか、主人が休みの日にはカレーを作り、お風呂も沸かしてくれたり、近い職場にも関わらず車で送り迎えをしてくれたりもした。

ただそれでも私の体力が限界に近づいたため仕事を辞める事になった。

娘も保育園を退園した。

それに合わせて主人が家族のために転職してくれた。

少し収入があがった。

おかげで主人だけの収入で何とか生活できる様になった。

私は専業主婦になったので主人と家事分担する必要がなくなり、平和な日々が続いた。

そして臨月に入った。

上の子の産後はうちの母に手伝ってもらったので、今回は主人の母(以下、お姑さん)が来てくれる事になった。

そして無事息子が産まれた

1週間後には私も息子も退院し、それから1週間お姑さんの世話になりながらゆったりと過ごす事ができた。

夜以外は。

みなさんはもうお分りでしょうけど…

息子の夜泣きで起こされるのが嫌な主人は

「うるせー!」

「殺すぞ!」

「おら!起きろ!!」

と叫んでは、いきなり電気をつけ電気すれすれまで頭を近づける。

息子はまだ首もすわってないのに。

更に大きな声で泣き続ける息子と主人の叫び声で娘も起きて泣く。

また主人が怒鳴る。

そんな時、お姑さんが口を開いた。

「〇〇(←主人)、いい加減にしなさい!」











…ではなかった。

私の方だけを見て、

「〇〇(←主人)は仕事で疲れてるから夜はゆっくり休ませてあげたい。」

「家賃はこちら(お姑さん)で持つから広い所に引っ越して寝室を別にしたら?」

「はい⁈」

まぁ、この辺から私とお姑さんの関係がギスギスしていく事になる。

結局、無職の私には何の解決法もないので引っ越す事にした。

まずは娘と息子を、主人の怒鳴り声から守りたかった。

そして私は悟った。

「もう子どもを産んじゃダメだ。」



子どもに怒鳴る主人。

子どもの世話をしない主人。

仕事終わりにゲーセンで遊び午前様で帰ってくる主人。




何も変わってなかった。

変わったと思っていた主人は私の錯覚だったとようやく気付いた。

そしてその半年後、離婚を決定付ける大事件が起こった


3日後、家に戻った。

やはり突発的に行動しちゃダメですね…。

しっかり用意しなくては…!

とにかく貯金だ。

今度は主人のスロット代に消えないように上手くやらなくては。

仕事は今の職場で大丈夫だ。

ありがたい事に子持ちの主婦やシングルマザーにとても理解のある会社だった。

しかも土日休みで、平日も9時~16時か9時~17時をこちらの都合で選べるのだ。

ひとつ問題店をあげるならば、職場が遠いという事だろうか。

ただ当時の私にはあの満員電車でさえ1人でボーッとできる安らぎの時間だったので、苦痛ではなかった。

そんな時、あの日を迎えた。

3.11だ。

(思い出すと辛い方もいるかもしれないので詳細は控えます。)

娘の保育園は自宅の近くだったため、電車が止まってしまいすぐに迎えに行けなかったのだ。

おまけに電話はつながらず安否も不明。

歩いて歩いて、やっと娘の保育園に着いたのは夜10時だった。

生きた心地がしなかった。

そして、私は3月いっぱいで仕事を辞めた

娘より大切なものはない。

離婚は遠のくかもしれないが、また近くで仕事を探そう。




新しい仕事は自宅から徒歩10分、保育園へも徒歩圏内の所に決めた。

今回は家事育児も無理なくできるよう、パート勤務にした。

娘も3歳になったのを機に夜泣きや癇癪の回数が減り、同時にイヤイヤ期も終わった様で育児がとても楽になった。

娘が泣き叫ぶ事が少なくなったのに比例して、主人もキレる回数が減った。

徐々に平和に戻った我が家。

仕事には真面目に行く主人。

たまに遊園地に連れて行ってくれる主人。

海に連れて行ってくれる主人。

以前の主人に比べれば今の主人で十分だった。

1年ほど経った。

そして、その頃の私は間違った錯覚を起こしてしまっていた。

「主人は変わった」と。

その錯覚のせいで離婚は更に遠のく事になる。



次回へ続きます。