子育てをすると器の小ささが浮き彫りになる。
夜、子供が寝ない。
赤ちゃんだから、自分で上手く眠ることが出来ないとわかっていても、上手く寝ることを赤ちゃんに求めている自分がいる。
やり過ぎ、食べ過ぎ、飲み過ぎ
逆に、やらなさ過ぎ、食べなさ過ぎ、飲まなさ過ぎ
小さな子供に、適量を要求。
コントロールできるはずがない。
こちらが上手にコントロールしてあげることもできない。
それにも、苛立つ。
子育てをすると、いかに、自分に、相手に、細かく期待し、期待通りに振る舞うよう求めてきたかが浮き彫りになる。
そして、要求通りにならないとイライラする。
ときに、怒る。
でも、本当は心のどこかで、ここまでコントロールしなくても大丈夫なのは知っている。
今日は少しくらい寝る時間が遅くなっても、
お昼ご飯をあんまり食べない日があっても、
お菓子を少し食べ過ぎちゃう日があっても、
大丈夫だって、本当は知ってる。
でも、心の中で、誰かが言う。
まずいよ。
このままじゃダメだよ。
ちゃんとしよう。
ちゃんとさせよう。
器の小ささが浮き彫りになると、惨めな気持ちになる。
みじめな気持ちと向き合うのが、子育て。
本当は、みじめなんかじゃなくて、ただ、一所懸命なだけ。
少し掛け違えたボタンを直せば、違った景色が見える。
子供が教えてくれる。
大丈夫だよ。パパ。
寝顔をみて、
心の中で、
ごめんね、
と呟く。
そんな繰り返しの中で、
いつの間にか器が大きくなっている。
期待通りじゃなくても
笑えるようになる。
笑うしかないな、と気づく。
今日も誰かが、心の中で、呟く。
チャントシヨウヨ。
ソレ、ダイジョウブ?
おっと。いけない。しっかりしなきゃ
の時も、
いいよ〜。今日はいい。これで。
もいい。
器が大きくなる、とは、反応や、選べる行動の選択肢が増えることなのかな。
大丈夫、って、自分にも言ってあげられることなのかな。
はじめから、器が大きい人なんていない。
よく頑張ってるよ。
家族のために、いつもありがとう。
自分にも言ってあげよう。
一人で解決しなくてもいいよ、
子供は期待通りにならないよ、
期待通りにならないから、いいんだよ。
リラックスしよう。
とりあえず、困ったら、一回笑っとこう。
と、少し前の自分に言ってみる。