子どもの悩みと大人の悩みは変わらない。



そう思う。



人によって悩みの次元が異なることはある。




でも、それは大人だから、次元の高い悩みで、子どもだから次元の低い悩みということはない。




例えば、こんな子がいる。

いつも親しく、頼りにしている友達のお腹をつついたり、冗談を言ったりする。
いつもは許してくれるのに、今日はもう許さないと言われる。どうも関係を修復するのは難しそうだ。
この子に見放されたら、私はやっていけない。
どうしよう。





例えば、こんな子がいる。

親しく付き合っている友達がいる。その子は何かあるとすぐに拗ねてしまう。
何かあると「親友だと思ってたのに、結局味方してくれないんだね。私のことは大事じゃないんだね。」などと言われる。
そんなことはない、と説明しても、もういいと拗ねるばかり。
次の日になると、何事もなかったかのように振る舞われる。
いつもこの子に振り回される。私の気持ちはどうなるの。
もう疲れてきちゃった。






大人でも、似たような悩みはないだろうか。





優しい人はとことん優しい。優しい子どもはとことん優しい。





でも、その優しさが、自分を苦しめてしまうことがある。




相手との距離の取り方がわからない。




お母さんは味方だと思っていたのに、なんで信じてくれないの?

その気持ちを友達に投影してしまう。

親に愛情を試すように、友達を試してしまう。





そのような大人はいないだろうか。





人には時に、切実な悩みが目の前に迫ってきて、頭の中がそのことでいっぱいになってしまう。


そんなことがある。


子どもも切実に悩む。






所詮、子どもの悩みだから、、、







という思考がどこかにないだろうか。







悩みの切実さに大人も子どもも関係ない。







この悩みは切実なんだ、と分かってもらえる。





それだけで、楽になることがある。と思う。





解決策はわからなくても、切実に悩んでること自体を受け止めてもらえた。





それだけでもいいのではないか。





子どもの悩みの切実さに気づける大人でありたい。