かねてから人目を気にすることが、自分を生きづらくさせることの原因になっていることを感じてきた。

人目を気にする
は、自分の課題だと感じていた。


でも、人目を気にする
は、もしかしたら、日本人全体の課題なのかもしれない。


8月15日、終戦の日に当たり、そう思う。


日本の歴史は終戦を境に、自国から見た歴史から、他国から見た歴史に変わった。

自分自身が自分自身をどう認識するかは自由である。しかし、日本は終戦(敗戦)を境に、自分自身をどう認識するかを、コントロールされ、情報統制やシステムの改変、東京裁判や公職追放など人への制裁によって、自分自身を他者の視点、しかも自分を卑下する、自分を否定する視点をから見ることを強制された。


それらの教育を受けた我々は、人の視点から自らを常に批判的に見ることを課されたのだと思う。


ただ、本当は、自分をどう見るかは自分の勝手である。

自分の行動選択は自分に権利と責任がある。

放棄してしまったその自分の意志を取り戻す必要がある。


日本をどう見るか、これからどうあるのか、
自分でコントロールできる。


自分自身をどう見るか、これからどうあるか、
自分でコントロールできる。