手段の目的化


学校では多くの場合、これが日常的に行われています。


教師から子供に対して。


先輩教師から新米教師に。


管理職から、教師に。



目的を明確にしながら話をしてくれる人は話が噛み合うし、通じますが、手段が目的化している人は、人と話が合うということがありません。


手段を強制するのみだからです。


手段を強制する教師は、子どもにあらゆることを何の疑問もなしに、強います。


手段が目的化している管理職は、管下の教師に対して、自分が好む手段を強制します。


目的が一致していれば、まだマシですが、目的を語らないもしくは、こちらが目的や根拠を問うても、何も出てこない、強制するのみの思考停止状態の人は話していても多くの場合徒労に終わります。


この徒労感は対話する度に続き、噛み合うことは一生ないのではないかとさえ思います。



私は自分を守るために、沈黙します。


それが望ましい態度なのかはわかりません。

ただ、やったフリをしています。

闘って徒労感を増すより幾分かマシです。