夕日が沈みかかる少し前、日没までにはまだ数時間ある。ちょうど子供の頃近所で行われるお祭りに行くために友達と待ち合わせをする時のような、そんな時間帯と高揚感。


人々が心の底からリラックスし、爽やかな、それでいてどこか懐かしい、すこし生温かい風を頬に受けながら、めいめいに好きな酒やつまみを飲み食いしている。今日は歩行者天国。メインストリートに設置された数々のテーブルに笑顔が並ぶ。「そんなことはどうでもいい」とでも言いたげに、この地に棲み付いた猫の家族は浮かれ気味の人々とは対照的に、いつもの確かな日常に身を委ねる。

「赤みがかった」と言うにはまだ少しばかり早い、人々のこの一日への期待感が夕陽が沈むのを少しばかり遅らせているような、いないような、そんな空の色。


息を大きく吸い込み、そして吐き出す。


この日をどんなにか待ち望んだか。
と思ったのは初めのステージだけだったような。
今はこの空の色と人々の隠しきれない胸の高鳴りが混ざり合った空気が私の中で少しずつ「いつもの」になりつつある。

そんなことを想いながら、この街の人々が抱くのと同じ高揚感と、心の奥深くにいつからかずっと存在し続けている、静謐なブルーの泉が今日も私をリラックスさせるのを感じている。


ステージに立ち、私の歌声が街中に響き渡ると、私の歌声とこの街と、この街の空と人々の鼓動に、境がなくなる。


この街の全てに身を委ね、人々の心に非日常の愉しみを生み出さんとするために存在すると思われた私の歌声は、あの猫達の後ろ姿のように、すぐにこの街の日常に溶けてなくなった。

いや、溶けてなくなったのではない。

確かに人々の心に私の片鱗を残し、溶けて行ったのである。

こうして、私の「魂の響き」と言うには大袈裟だが、「歌声」という言葉では物足りないような、そんな波長が人々の心を洗うとき、私はいつもの幸福感に包まれるのである。