しばらく更新が滞ってしまいました。

一度原点に立ち戻って、どうしてブログを書き始めようと思ったのかを綴ってみたいと思います。



私は教師になるのが、とても怖かったです。

なぜなら、人を教え、導く者というプレッシャーと闘い続けなければならない、日々、妥協せず授業の準備をして、疲弊している教員像が私の中に、大学時代から強く刻み込まれたからだと思います。


教育実習に行ったとき、教員独特の文化への違和感、学校という狭い社会で生き続けることの不安など、教員としての働いたときの楽しさのイメージの他に、ネガティヴなイメージもたくさん持ちました。


特に、私には

授業の準備

が辛くて仕方がありませんでした。



それは、今考えると私の人生においてよくある、悪循環に陥るときのただの1つのパターンに過ぎないということも今は感じます。

私はとかく、何かを準備するとか、レポートを書くとか、宿題を出す、とかいうことが大嫌いで、いつもきちんとやることが出来ませんでした。


ある種の怠け者の完璧主義者みたいなところがあるのかもしれません。


話が逸れました、、、



私はそんな不完全な自分が、人を教えるという責任に直面する恐怖と、私が大嫌いな「準備」を常にし続けなければいけない「教師」という仕事が怖かったのです。


そして、もう1つ


自分が変わってしまうこと


これも私の恐怖の対象でした。



院生時代、ボランティア先の学校で、同い年の(確か、初任か2年目)の先生の授業を見ました。


あまりの「先生らしい」振る舞いに、驚き、強い違和感を感じました。


集団で何かをするときは、決してノイズになるようなことをしてはいけない。


これは、教師がよくとるスタンスの1つだと思いますが、当時は非常に強い違和感を感じました。

ああ、こんなにも早く、教師は教師になってしまうのか、、、


私はその時の自分の違和感を感じ続けていたいと思いました。



今の自分の気持ちを残しておきたい、



というのが1つです。




そして、もう1つ。



今の未熟な、等身大の自分の感じていることを表現して、読んでもらいたいという気持ちです。



私の今持っている感情や考えも、きっと誰かの心に安心を与えるかもしれない。
私が書くことで、自分も同じだ、とホッとする人もいるかもしれない。


そんな気持ちもあります。



今日からブログ、再開したいと思います。