花は褪せ、散りゆく紅色の中に青い杏の実が小さく 成っている。燕が飛び来る頃、緑の水が家々をめ ぐって流れている。枝の上の柳の綿は風に吹かれ少 なくなってゆく。今、この世界、大空の果てまで緑 の春草に覆われていない処があるだろうか。 人家の塀の内では秋千(ぶらんこ)が揺れ、塀の外 なる道をわたしは歩んでいた。塀の外を行くわたし は、塀の内の麗しい人の笑い声を聞いた。笑い声は しだいに小さくなり、声の響きも遠ざかった。あ あ、わたしは物事に感じやすいゆえ、かえって彼の 女の何気ない声にも悩まされてしまったのだ。
〔宋〕蘇軾 (1037年-1101年)
花褪殘紅青杏小,
燕子飛時,
綠水人家繞。
枝上柳綿吹又少,
天涯何處無芳草。
墻裏秋千墻外道,
墻外行人,
墻裏佳人笑。
笑漸不聞聲漸杳,
多情却被無情惱。
花は褪せ 残紅に 青杏 小さし 燕子 飛ぶ時、緑水人家を繞(めぐ)る 枝上の柳綿 吹いて又少なく 天涯何れの処か芳草無からん
墻裏の秋千 墻外の道、 墻外の行人、墻裏の佳人笑う 笑は漸く聞えず 声 漸く杳(はるか)に 多情なるは却って 無情に悩まさる