腐りきって悪臭漂う韓国の実態を日本にも情報共有する目的で作成しました。情報共有として文を訳します。日本にも似たような現象や徴候、または韓国について韓国人が知らなさそうな情報等があったら、教えてくだされば幸いです(目立つ誤・脱字の指摘はいつも歓迎です)。  

 

筆者:아수라(阿修羅)

原文作成日:2014年04月24日

訳者:박멸한다(撲滅する)

 

原文リンク:http://www.godemn.com/xe/asura_softcolumn/575116

 

E-mail : dkfflsek@gmail.com

 

 

遺族たちの間につけこんだ怪しい者たち

 

おそらく筆者が思うに オ・ウォンチュン事件(韓国で起きた臓器摘出及び人肉事件と強力に思われる事件、訳)以降、全国をこんなにも騒がせる事件があったか疑問に思うほどの大形事件が発生したが、その事件とは今テレビをつけば日にち放送されているセウォル号沈没事件である。

 

まず、事故自体はとても悲劇的な事件には違いない。通常、同情を呼び起こす死、というのはその段階があるが、成人男性の死は女性の死に比べ同情心を起こしがたい。そして女性の死への同情心にも段階があって高齢の女性よりはまだ幼い生徒たちの死は同情心を呼び起こしやすい特徴があるところがある。その死に対しての同情心も一種のピラミッド構造をしている現実を考慮すると、この事件が騒がせざるを得ない事件なのは当然ということだ。ところでこの事件では一人や二人でもないし、何百人に上る規模の死に至るところ、これほどの事件もそう探しにくいと言えるんじゃないだろうか?

 

ゆえに、この事件が社会的にイシューになること自体は事実上それほど可笑しいことはないし、この事件がイシューになかったらそれがおかしい状況なのは確かだ。しかし問題は、こういう悲劇的事件が一般事件のような流れによって進んでいるわけじゃないことが大問題というところである。そしてこの事件の異常な徴候を見せる一番大きい問題点は遺族たちの動向である。なんの話かというと、この遺族の中でも遺族になりすました偽りの遺族が付け込んで何らかの雰囲気を成している情況があっちこっちで現れている状況である。つまり、もう状況自体が正常とはかけ離れた類のものだと思われるのだ。
 


<遺族と遺族ではない人との区別のため名札の佩用を提案した遺族たち> 


<我々はデモをしようとしてるわけじゃない、と衆に演説している犠牲生徒の親の一人> 


<政治的目的を持った荒らしの登場に遺族が同じ遺族を疑わざる得ない状況についての記事>
タイトル: セウォル号の遺族たち、“荒らしには発言権を絶対に与えない”



<名札を配り終えたら何故か落ち着いたという体育館の雰囲気(犠牲者たちの親の集まったところ)> 


<外部者が遺族と警察の摩擦を煽ったという主張についての記事>



 

上の資料を見ればわかるが、状況自体が非常におかしいと分かる。死に対しての感情の揺さぶりも、その対象が誰なのかによって異なるだろう。奥さんが死んだとき、親が死んだとき、子息が死んだときが全部違うだろうが、多くの人には自分の子供が死んだ時に腸が切れるような悲しみを味わえると思うし、それを考えればこの状況は実に許しがたい状況であるのだ。この断腸之哀とも言える瞬間に、一体だれがその現場に割り込んでああいう荒らしのような行為をしているのだろうか?それに死んだ生徒が百の単位という状況なのに、一体どういう状況下にあるせいで名札を付けてやっと落ち着いたとかいう話が聞こえるだろうか?多分、全部は無理だろうが下の映像を参考にすればいくぶん確認できると筆者は思っているため、見ておくことをお勧めする。

 


<遺族という冠をかぶって大統領への悖倫的な発言をする得体の分からない者> 


<脈もなくいきなりチョンワデ靑瓦臺に行こうと扇動する人> 


<遺族たちに近づいて探ろうとしたが、公開的に非難される記者たち> 


<こういう紛らわしい状況のため名札佩用の話が出たら、それに極めて反対する遺族(?)>


 

見るように修羅場であり、一見しても正常な状況とは言えない。ただ一つ、念におくことは上の’訝しい’状況としてアップされた映像の中の怪しい人たち全てが意図して荒らすために動員された人ではないかも知れないということだ。あの中には不純な意図を持って遺族のふりをしている人もいるだろうし、またはその人たちに騙され行動を一緒にする人が含まれているかも知らない。だけどそういう可能性を考えたって一つ確かなのは、遺族の中で誰かはこの状況を利用している者が混じっている事実と、またその事実を遺族たちもすでに認知しているということだ。

 

ところで筆者はここで疑問を抱く。あの状況がもしとある輩に悪用されている、利用されている状況だとしたら一体どうやってそういう輩がこんなにも早く介入することが出来るのかというところだ。このように疑う理由は簡単だ。通常、事故というのは偶然発生することである。だから発生した事故に合わせて迅速に現場に近づき、何かを嗾けるため組織的に動くためには下のような手順を踏まなければならない。

 

 

1.事故発生の(情報源からの)受付
2.事故発生の受付後、計画を立てること
3.荒らしを投入する計画を立てて、適切な人物の物色
4.適切な人物の物色および選定の後、ちょっとしたリハーサル
5.リハーサルの後、現場に実践投入
6.現場で実行



 

ところが、この手順はすべて事故があった当日から一糸乱れず行われた。だったらこの事故についての考え方を新たにする余地があるのではないか?そもそも事故自体が偶然発生したのではなく、上の映像のように遺族の中に付け込み、また荒らしのような行動をする状況を作るために事故を企画したのではないかという観点をだ。遺族たちの中であのような恥知らずの荒らしすら何食わぬ顔で済ませる奴らなら当然、今回のような事故自体を仕上げることができるのではないか?感情的には受け入れにくいかも知らないが、頭ではなんとか可能性を残したほうが妥当だと筆者は判断する。

 

 


企画性が覗ける事故が起こるまでの状況 

 

つまり、遺族の間での荒らしがとても怪しいと見た筆者はこの事件が一体どのように発生したのかに焦点を置いて、情報を取り集め整理した結果、今回の事件は単純事故とは見ることは難しいという結論に至った。理由は簡単だが、まず最初から企画性を疑える手がかりが数多く見られたためがその理由であり、この事件の経緯を要約すると次のようになる。
 

1. 事故の決定的な原因は貨物の偏り。いっぱい積載された貨物が片方に偏っているせで船はそれに耐え切れず、結果船舶転覆の大形惨事につながった。
2.この事故の原因は貨物の偏りだけど、その貨物自体の縛りがそもそも緩かった。
3.船舶自体が最初の出港当時から左側に15度ぐらい傾いてあった。
4.あのように傾いた船舶を危険地帯で過速までして急激に右折したら、緩く縛られていた貨物が左側に偏って船の転覆自体が発生。


 

この状況だけを見てもいくつの偶然が積み重ならなければこういうことが起こり得るか、偶然にしてはあまりにも都合が良すぎる。これは例えば自分の妻に死亡保険に契約させた後、車に同乗させて助手席の安全ベルトをほとんど切れかけた状態においてから高速道路で過速で急カーブの途中、妻のベルトがずらりと切れてしまって事故に会って死亡に至る場合と大差ないのではないか。偶然やミスも一つや二つなら見逃すことができるだろうが、このように何回も複数の偶然が積み重なったら、その瞬間から事故というより偶然を装った企画事件としてみることとも言える。事案自体が軽くないためこの事件の企画性を覗き見ようと、事件が起こった状況についての資料で裏付けることにしよう。

1. 3倍も過積載した貨物の状態


この事件の核心原因の一つはまず貨物である。それは当然、船が転覆するとしたら紙船でもない限りそうあっさり転覆されないのが船舶だ。だがその船舶がくるりとひっくり返された理由は貨物が片方に偏ったため起こったからだ。しかし問題は、この事件が起こった当の船舶は貨物をなんと許容量よりも3倍以上の過積載状態であったというところだ。
 


<貨物の状態が許容量の3倍以上の過積載状態であったという記事>



 

事件の原因の一つの原理は慣性の法則が適用される。慣性の法則とは何か?停まっている物体はそのまま停まっていようとして、動いている物体はその状態を維持しようとするのが慣性の法則だと言える。知らない人はいないと思うが、これによると停まっている人を動かすためには重い人より軽い人の方が動かしやすいし、動いている人を止めようとすることも同じだという。

つまり慣性力は重量が重要な要素であるという視覚から、その船舶の貨物が許容量より3倍以上であったということは事故が起こっても充分すぎる状況ではないのか?もちろんこれについては、その船舶会社が少しでも運送料を減らして金稼ぎにがんばろうとしたかも知らないじゃないか、という異見があるかも知らない。だが、それも程がある。3倍以上という数値は筆者が見るにはただの金稼ぎのためかはとても疑わしい。端的に、過積載で稼ぐ利益と、過積載で安全事故が起こる被害と、どっちが大きいのか?船自体の価格も安くないだろうし、それにも関わらず3倍以上の過積載にはお金よりも他の理由を考える必要があると筆者は判断した。


2.平衡水(船の平衡を保つための水)も意図的に十分に満たされてない状態
 

船舶は自動車と違って、水平を保つことがとても重要だ。そのため、自動車にはない別の装置がある。それが平衡水である。船の場合、重心(Centroid)の問題が重要なので、その重心をよく保つために船の中に水を満たしておいて転覆を事前に防ぐという。だが、転覆事故に会った船舶はそもそも平衡水すらちゃんと満たしておいてなかったという話が伝わっている。
 


<事故の前に平衡水がちゃんと満たされてないため機能が働いてなかったという主張と証言があったという記事> 


 
<船の中の平衡水の役割>



これについて言論は平衡水を満たさなかった理由が、3倍以上の過積載の貨物の状態をごまかすため満載喫水線(船が水面を基準にどこまで沈むかを示す線)の条件に合わせて平衡水を充分に満たさなかったと話している。でも、これも可笑しいのが、ああいう風に規定という規定は全部犯すなら満載喫水線の取締役には賄賂でもなんでも食わして済まして、安全に致命的に重要な平衡水はちゃんと満たす方がよっぽどいいだろう。なのにその規定違反のカタマリの中でただ満載喫水線の基準だけは守ろうとして平衡水を放棄したという事実自体が納得にいかないのだ。この観点は結局、貨物過積載の意図をひたすら船舶会社の収入問題に限らせておくための雑な結論として判断中であり、もしこの事件が企画性のある事件と観られる観点からはこういう所は単純ミスとはおいておけない問題だということだと言える。

3. 貨物の縛りの状態も問題

この事故の原因はいろんな要素が重なっているため一つに収めるには難しいけど、その中の有力な原因の一つを筆者は貨物の縛りの緩さとみる。極端的にいって、船が少し揺れるだけで貨物が全部解かれて流れてしまえば大問題になるから、それを防ぐため貨物を縛っておく。ところでこの事件にはちょうどその貨物の縛りが弱かったと知られているのだ。まるで貨物の安全ベルトが最初から弱かったというか。交通事故が起こる時、安全ベルトが緩いと人がそのまま跳ねられるように、この貨物の安全ベルトに当たる綱の縛りの状態が脆くてすぐ解けてしまって貨物が片方に偏ったという話が出ている。
 


<船が少しでも揺れると貨物がドンという音を立てること聞いたという乗客の証言>


 

上の記事の本文によると、船は30度以上傾いても貨物が動かないように縛り上げるべきだという規定があるが、この事件の当のセウォル号はたった5度だけ傾いても貨物が動いたという話が聞こえる。つまり、貨物の安全装置にあたる縛りがそもそも′とんでもないほど´緩かったという話だ。そしてそれを考えるとまるでこの状況は意図的に事故を起こすためにいろいろ工夫しておいた状況ではないのか、という疑惑が強くなるばかりだ。


4. 危険地帯であえての過速

過積載、平衡水不足、緩い縛り等々、事故が起こるための条件は満タンだった状況で、これでも足りなかったという風に事故を呼び起こした手がかりがさらに出てる。それが´あえての過速′である。上記したよう、この事件は慣性の法則と関係が深い事件だ。だから過積載された貨物の重量も問題だったが、ここでまた見過ごせないのが船自体の′速度´である。慣性には重量と速度が多く機能すると前もって話した。ところで事故に会ったセウォル号の船舶は過積載だけでなく、危険区間で′過速′までしたと伝わっている。

 


<難路で安全速度より早い速度を出したセウォル号>
船舶自動識別装置(AIS)によると注意を要する区間で時速39Kmの速度だったと伝わる



筆者はここがとてつもなく怪しいところなんだが、事故を起こそうと決心したキチガイでなくては、危険区間で減速することしか選択肢がないのは常識だからだ。それにすでに船は正常な状態とも言えないのは認知できるほど不安な状況なのに、なぜ速度をあえて上げるのか?それに平衡水も不足、貨物も過積載した船が危ない区間で過速をした?事故を誘発する目的がなかったら理屈に合わないし、このようなところが事件の企画性をもっと強く疑えるところだと見ている。

5. 出港当時から15度ぐらい傾いていた船の状態

危険地帯で過速をしたということだけでも企画性を強く疑えるところだが、これとともに企画性を強く裏付ける手がかりが、船の出港当時の状態だ。この船の最初から15度ぐらい傾いた状態で出港したと伝わるが、事実上 事故を起こそうと決心した奴ではない限りあんなに傾いた状態から出発するのはおかしいことである。
 


<出港当時から左側に15度ぐらい傾いた状態だったと証言する内容の記事>



あのように左に傾いた状態で出港した船は結局どっちを向いて転覆したのか?周知の事実だけどこの事件は過速していた船が右折をしつつ、緩く縛られていた貨物が左側に偏り、それにまたちょうど平衡水もたりなかった船が重心を失って左の方に急激に転覆した。
 


<絵を添えた事件の経過>
1.16日午前8時30分ごろ、セウォル号がソゴチャ島とメンゴル島の間を通過
2.8時48分ごろ、ビョンプン島を過ぎた海上で右側に急旋回
3.これ以降、船が左側に急激に傾き始めたので減速。潮流の影響で北側に流される
4.10時8分ごろ、完全に転覆して沈没



<船が転覆された方向は明白に左側>




だったらそもそも初めから15度傾いていたということは、左側に手早く転覆されるための手配であった結果だとも見られるのではないか?それに出港当時はもうすでに予定時刻より遅延された時刻なのに、一体何をそんなに急いで予定出港より遅い時刻に船が傾いたまま出港するのだろうか?


以上が本当に偶然に基づいた事故なら、偶然の過積載、偶然の平衡水不足、偶然の危険区間の中の過速、偶然な急旋回、偶然な貨物の緩い縛り などが積み重ならなければ起こり得ない事故だという話だが、筆者にはこれほどの偶然が同時に重なるとはすごく難しいと見られる。それにまたまた可笑しいのは、このセウォル号の船舶がもともとは生徒たちの乗る船ではなく、事故当日に学校側には知らされず他の船にすり替えられたという事実だ。まるで事故を予定したような船に当日すり替えられたのも本当にただの偶然だろうか?
 


<生徒たちの乗る予定だった船はもとはセウォル号ではなくオハマナ号>



セウォル号の場合ちょっと大げさにいうと、事故のため満タンの準備すらしたような状況なのだ。許容量の3倍の過積載、貨物の緩い縛り方、前もって足りなくしておいた平衡水、危険区間でのあえての過速、船長の入れ替わり、急激すぎる危うい舵の操作 等々はなから事故を自招したとしか見られないのがセウォル号である。しかし元来オハマナ号であるべきだったはずの船便が、事故のために存在するようなセウォル号に、それも通報もなしにいきなりすり替えられた?これをただの偶然であり得る事故だと思う奴は明確に頭のイった奴だ。



それに、また一つ考慮すべきところがある。当時の状況は船が出港することすら難しいほど微細粒子(PM2.5)がひどくて出港した船自体がほとんどなかったというところだ。というのは、船自体も最初から事故のために用意された船にすり替え全てを企画通りにしたのに、いきなりキリ(PM2.5)という邪魔者が入って企画に支えが出そうだから、出港がほとんど不可能な状況下でもせっせと出港したのではないかという余地があるのではないか?

 


<事故当日は今年は入ってもっともPM2.5の濃度の高い日だった> 
タイトル:微細粒子、今年最高の濃度


<微細粒子のため仁川旅客船のすべての航路が中断されたという記事> 


<下の赤い下線:“当日、出港する予定だった旅客船が全然出港できてなかったのを見れば霧のせいで出港できなかったのは確実そうですよ”>



だがもちろん、微細粒子と事故の関わりに対しての判断は筆者の独断だけにしてもかまわない。だが一つ確かなのは、セウォル号は最初から事故を予定したような状態だったということで、またこのセウォル号はそもそも生徒たちが乗る予定の船便でもなかったということだ。ならこの事故は額面どおりに見えるただの事故なのか?それともとある企画による結果なのか?
このような事故が偶然起こるためにはこの偶然とやらが六つ以上は同時に重ならなければならないのだが、筆者はその六つ以上の偶然の同時発生よりは、偶然を装った企画事故としてみていることを明かすところだ。例えばある夫婦の交通事故で妻は死んで、生き残った夫が保険金を得た状況のように、事故に見えるが実は事故ではない状況として見ているという意味なのだ。


今回の企画疑惑の主体とその理由


ここまでくると次のような疑惑も涌くだろう。”企画した事故である可能性があったとしても一体どういう動機でそんなことをやらかして、また誰がやったのか”という。
このような大形惨事の企画性を挙げると、パブロフの犬のみたいに鐘をつくとヨダレ垂らすように企画の主体は政府だと連想する人たちがいるだろうが、筆者が見るには企画の主体はまず政府とは関係ないと思われる。

 

その理由は簡単だ。政府があのように企んだとしたら、非難のターゲットは有力な反政府県警者が含まれるだろうと思われるからだ。例えば、政府が現政権に反対する政治家の誰かを除去したいが、一人だけ除去したらその波及が大きそうだから、多数の乗客がいる船や飛行機を爆破させて爆破を行った政府の行為は事故に偽装及び隠蔽しようとする時がいい例になる。
ところが、今回の事故のターゲット、つまり犠牲者は政府関係者ではなくまだ幼い生徒たちであり、ひいては現政府に対抗する政治家の中には除去したってあまり意味もないアノミー状態なので強いてあのような企画をするにも無意味な状態だ。たかがムン・ジェインのような奴が看板である無能な政党を潰そうとあのような企画をするわけもないし、する必要もないのではないか。


 

それゆに、この事件を企んだ主体を筆者は政府ではなくむしろ反政府側だとみているところだ。反政府側のセウォル号惨事を企画した目標なら当然'パク・クネの退陣'であり、彼女の退陣を主張する者たちこそがあの事件を企んだ可能性を高く見ているということだ。正直なところ、パク・クネの集権初期から一体どれほどの下野の掛け声があったものか。
 


<国家情報院のレス事件で任期初から出てくるパク・クネの退陣デモ> 
タイトル:国家情報院は解体して、パク・クネは下野しろ



<鉄道ストライクを基点にまた出てくるパク・クネ退陣デモ> 
タイトル:”パク・クネ下野”・・・鉄道ストライク、政権退陣闘争に変質


<ソウル駅高架道路の焼身事件をきっかけに出てくるパク・クネの退陣デモ>
赤い旗に書いてある文字:パク・クネ退陣


 

だったらパク・クネ退陣のために何故このような事件を企んだのか?その理由もまた簡単だ。歴史的に規模の大きいデモにはいつも’死’がそのデモの導火線になったのが歴史的事実であるからこそ起こる現象だ。それに、下記したように近現代の歴史で政権退陣を呼び起こしたデモにはいつも’学生’の死が起爆剤になったのではないか。
 

 

1919年 高宗葬式の日 → 3・1万歳運動
1926년 純宗葬式の日 6・10万歳運動
1960년 キム・ジュヨルの屍から触発された 4・19(イ・スンマンの下野につながる)
1987년 パク・ジョンチョル,イ・ハンヨルの死亡で起こった 6月抗争(ジョン・ドゥファンの下野につながる)




結局、誰かの’死’があってからやっと歴史的に残るぐらいのデモが可能になり、またいままでの現代政権の退陣を呼び起こしてきたデモは’学生の死’がその雷管として陣取るようになった。そして今はパク・クネの退陣を目標として任期初から今までひたすら続いて扇動があった中、その結果は冴えなかった。なら次のような点を考えれば事故を企みそうな主体が誰かは明らかではないか?
 

1.現政権は任期初から退陣を要求する単体から持続的に付きまとわれてきた。
2.現政権の退陣を要求するデモ自体は回数は多かったけど、結果は冴えなかった
3 ゆえに、いつどの時よりも今は大形デモを懇願する集団があると推測できる
4 歴史的経験から鑑みると、幼い学生たちの死は政権退陣を要求する強力なデモが出来る始点になってきた。




それに事件が発生するや否や、待ってたよに遺族か否か区別もつかない者たちが遺族の間に付け込んで反政府言動をし始めた。また一つ可笑しいのは、この遺族代表を任された者は遺族でもなく、行方不明者の家族でもないのにも関わらず臨時学父母代表を任されたという事実だ。実は、その人は選挙準備中の民主党出身予備候補という事実が明らかになり人々の口に上がった。事件の発生直後、妙な集団が割り込んできて反政府言動を畳みかけて、父母の代表という者が真の遺族の父母でも遺族でもなんでもないのに政権退陣を主張する政党(民主党)の出身なのは一体どう受け入れればいいのだろうか?

 


<臨時学父母代表だったが、学父母でも遺族でもなかったソン・ジョングンという者> 
字幕:ソン・ジョングン  セウォル号 臨時学父母対策委 代表


<上の人のプロフィール :民主党出身で今は새정치민주연합所属> 


<タイトル:学父母代表という  ソン・ジョングン、実は새정치민주연합候補・・・現場には紛れもの騒ぎ>




どこから流れ込んだか分からない馬の骨のような紛い物が割り込んだのが今回のセウォル号惨事の遺族の中の状況で、結局 遺族+ニセ遺族が混ぜ合ったこの団体は青瓦台に向いて歩き出す。ここで青瓦台に向けて移動するように煽った者たちは遺族でもなく、行方不明者の家族でもないところが笑うところだ。青瓦台への行進を煽るこの人たちが目がけているのは一体何だろうか?
 


<タイトル:セウォル号の生存者の救助が遅いため青瓦台に向かう遺家族> 


<タイトル:セウォル号の行方不明者の家族たちが青瓦台抗議行進の時、家族でもタンウォン高(当事高校)の生徒でもない者たちが先頭に>



この青瓦台行進も結局最終目的ではなく、筆者は手段としてみている。最終目的は筆者は’青瓦台発砲’として見ているのだ。青瓦台は大統領のいる場所なので、普通に入れる場所ではなく保安のため武装した軍人が配置されているのはアホでないと知っている事実である。そこで興奮状態の人たちをさらに興奮を煽る勢力が介入した状態で青瓦台に押しかけたらどんな状態になるのか?最終的には青瓦台発砲が予想できるであり、4・19事態もそうしたカタチで起こったことを知るべきだ。
 


<歴史に残った4・19も青瓦台側の発砲から激化され、結局イ・スンマンの下野につながる>
当事の青瓦台(景武台)にデモ隊が付け火をする前までの状況を記したコラム


<タイトル:ロウソクデモ隊の青瓦台進入時 発砲しただろうか>


 

それに四月から六月はデモをするに最適の気候条件ということを考える必要がある。冬はさむいし、夏は暑いし、適当に暖かい四月から六月に及ぶ期間はデモにはもっともいい状態ということだ。だからこそ歴史的に規模の大きいデモの4・19事態と6月抗争もまたこの期間中に起こったし、狂牛病事態も同じで、ちょうど去年の国家情報院レス事態へのロウソクデモすらもあの期間中に起こったということ知っておく必要がある。故に筆者は今回の事件の企画性と目的を次のようにまとめる。
 

1. パク・クネ政権が始まってから今まで退陣をずっと続けて要求する政治団体あり。
2. この政治団体はデモをけしかけてパク・クネの退陣を画策中。だが結果はあまり冴えない。
3. 近現代の歴史の中、政権退陣を呼び起こした大規模デモの触発はほとんど学生の死亡。
4. これを狙って最初から生徒たちの乗っているセウォル号惨事を企画
5. 遺族の間に付け込んで遺族のふりをしながら人たちが興奮するように煽って青瓦台への進入を誘導。
6. 青瓦台進入とそこでまた興奮を煽り、発砲をせざるをえない状況まで誘導。
7. 青瓦台側からの発砲を誘導した後、デモに最もいい季節を迎え全国的蜂起を助長。
8. その結果、パク・クネのじは自ら辞退。第2の4・19を2014に完成(するつもりだった)。




進歩という名の吐き気がする獣たち(韓国の政治的状況に関する内容が含まれます) 

こういう主張をすると往々にして進歩側(主に左翼のこと)感情的訴えに同情してしまう者たちは上記した事実を全的否定して荒れ狂いがちだ。なぜなら、進歩側の奴らは何かあったら古人への追慕とやらで泣き暮れながら人間味という単語で包むのが茶飯事である。これは自称進歩という者たちがこの浅はかな訴えにたやすく騙されるから出来る現象なのだ。進歩側からすれば非人間的なのは保守側であり、進歩側はいつも人という価値を掲げて人間味を重要視するポジション程度に認識している。実際進歩側はいつも′人′という言葉を前に立たせて、口癖のように′人重心′を標榜してきた。

だが、これはトリックのある表現なので、ちゃんと理解するには脈絡を知っておかなければならない。が、そうにはいかないのが問題なのだ。進歩側の語る人とは、人間味がある、という時の人ではなく国家と対立する概念の人である。代表的に国民は国家に属する人であるが、進歩側の人はPeople,つまり人民を意味する。故に、左派の強調する′人′とは人間味を重視しての人ではなく、国家否定の意味を含んだ、国民と対比できる′人′の強調語ということを知っておくべきだ。つまり、左派があのように騒ぐのは、そもそもプロレタリアである人のことを搾取する道具として見ている国家は打倒の対象であるためなのだ。こういう本音を隠して′人′を強調すれば “人間味を重視してるんだな”と勘違いして同情する馬鹿どもが1トラック分は出てくる。左派は左派でこういう認識の錯誤を矯正するより、むしろこういう方法がよく効くと知ってニセ涙を流したり、感情に訴えるなどで勝負をかけてくるのが今現在の実態である。

それに、単純語彙の意味把握の単純ミスではなく意味そのものが正反対なのがもっと問題だ。左派は根本的に人間性を否定する者たちで構成されているのに、国民とは対立する概念の′人′がまるで人間味を強調しているように錯覚されることが大間違いということだ。左派の核心的理論は何か?断然、唯物論だと言える。物質が精神より先に立っているため、物質という下部構造が精神という上部構造を支配するということが左派側の核心的な理論の土台であるのだ。そのため、歴史すら唯物史観で再整理するのだし、共産主義が暴力革命を提唱する理由も大したことではない。物質が精神を先導するから、金持ちは自ら進んで財産を還元しようとしないとみて、それを労働者同士で力を合わせて打倒しよう奪おうとすることが共産主義の初期理論であり、結局唯物論が根幹になるから出来る現象である。ところが、このように人間の精神を否定するに近い理論を重視する者たちが人間味・人間性を求めるだ?それは当然デタラメで、そやつらの理論もまた獣の理論である。

 

それが事実なら、次のようなことを疑問にするのもあるだろう。
“一体進歩とやらが、飢えた人たち、ホームレスにあれこれ施す理由は何だ?”
これも少し頭を回せばすぐ答えがでるのだが、進歩とやらがあのように行動するのは、飢えた人たち・ホームレスに少しだけ施しても簡単に操ることができるからというのが一番の理由だ。金持ちに賄賂を提供するにはおびただしい金額が要るが、それに比べればホームレスを動かせる費用は決して多いとは言えがたい。一般人の個人情報を活用するにはいくらお金をかけても出来るか分からないが、最初から失うことなんてないホームレスの個人情報はカップ麺と焼酎一杯ぐらいで得ることができる。こうして引き出した個人情報はどこに活用されるのか?民主党の愛用するテポ(自分の名義ではなく不法的に使うため利用する時つける接頭語)携帯、テポ口座、ネット上のアカウントなど様々な方面活用されてないか?これは結局、唯物論の観点からは一番よく効く対象が貧しい人たちだから現れるだけで、別に貧困に苦しむ人たちを哀れ人間味の施しをしたわけではない。だから隣の国賓国家である支那人は国家が小銭何文さえ握らせてやったら10万という人数が集まって超大形管制デモすらも簡単に起こってるのではないか。

別に筆者は進歩側に愛国保守になれと言ったこともないし、言いたくもない。自分が自分のことを愛国云々すること自体が恥じらうべき行為で愛国も他人が認めてからの愛国なのに、保守の馬鹿どもは愛国か否かも怪しい行為すらも自ら愛国と名付けて大げさなパフォーマンスに同参しないと従北だのと暴れる特徴を持っている。だから筆者が主張するのは別に愛国保守になれということでもないし、愛国心を育てろという話でもない。せめて目があり、頭がついている正常な人間なら、あの獣の理論に心酔して手段と目的を選ばないゴミクズどもの実態を把握して自作ショーには騙されないべきではないか。それに騙されることで終わるのではなく、あのゴミクズどもは目的のためなら良心も人間性もとっくに昔に捨てた奴らなので騙された人たちを生け贄にされる可能性が高いから、そっちの方が問題ということだ。つまり、左派の側はデモを主導する理由とは別に特別な理由なんてないのだ。唯物論に基づくと、物理力が最善で、物理力を成すのは結局数字である。その数字を確保させてくれるのは何か?それは人の死であり、上記したように大規模のデモにはいつも死から触発されてきたのだ。それゆえに左派に対して死体売り(人の死を利用して感情を刺激し、それを悪用する行為のこと)と呼ぶのが不適切と言えるか?
 


<タイトル:ジャン・ジュンハ先生(前国会議員) 特別葬式・・・ソウル広場に焼香所>
民主党が先生の疑問死真相糾明委員会が活動する内容
パク・クネの集権初期から雰囲気作りに熱心な民主党 


<2002年、米軍の装甲タンクに圧死された二人の少女への′追慕′とかこつけて反米運動にくる団体に住民の嫌がる反応を記した記事。タイトルは、“もう来ないでください”> 


<イ・ナムジョン(国家情報院レス事件で焼身自殺したと知られている人)氏の葬式で警察と葬式団の対峙> 



<タイトル:ミネルバ氏(虚位事実流布罪で服役)“獄にいる時、20代青年たちが訪れて政府の転覆は可能だと言って自殺を勧誘した”> 



<朴正煕政権を転覆するため、キム・ジハ氏(詩人)にしつこく闘志または英雄になれと勧誘してきた′同士′と呼び合う集団との経験を記したコラム>



 

見ての通り、こいつらは完全に獣同級である。唯物論に基づき、精神をゴミのように見て手段を選ばないやつらだけあって出来る行為である。なら今のセウォル号惨事を弔うふりをしているこいつらの本音は何だろうか?追慕?哀悼?そんなうぶな考え方は放り投げて、キム・ジハ氏やミネルバの事例だけを見てもあいつらは死体を作りたくて仕方がないようなクズどもというのが現れないか(もちろん、筆者は保守の大半も白い目で見ている、訳)。したがって筆者はセウォル号惨事の企画の主体は、パク・クネの退陣を熱烈に泣き叫ぶ者たちだと見るしかないし、それを裏付けるように無事生還を祈りがてらパク・クネの退陣の要求をしてくるのが現在の状況だ。
 


<無事生還の文句の間、花咲く′パク・クネ下野′、′パク・クネ退陣′>



 

もちろん、だとしても自称進歩すべてがああいう獣というわけではない。相当数の若者は本当に道徳、良心、人間性を重視した結果進歩になったと筆者は見ている。だが問題はこういううぶな者たちを操るのはまさにあの獣のような奴らであることだ。だから愛国保守とかこういうバカなネーミングを名乗れとは言わないが、せめてあの死体を作りたくて仕方のない獣たちに生け贄として活用されないためには実態をちゃんと知って騙されないようにするべきではないのかという話だ。



死体ができて得する者たちは結局左派の核心勢力に過ぎないし、あの獣たちの甘言に騙される人が増えたら増えるほど、韓国には死体も増えるし、またそれを利用した画策も増える一方なのだ。今流している涙だって結局は死体で激化されたデモの中、一層多い死体を作り上げようとするショーに過ぎないのだ。おそらく奴らの翻弄っぷりを見切らないと下の映像のような事態が増え続けると筆者は断言する。学生の屍こそが目的のため最も良い材料であるのが歴史的にも証明済みだ。もう、こういう歴史の悪循環を打ち切って、死体を作りたくてしょうがないキチガイどもを必ずふるいにかけて厳罰しなければこの連鎖は切れないと断言する。
 


<ジンド旅客船(セウォル号)の事故後、嗚咽する遺族> 


<左派がもっとも喜ぶ状況>