何か、久しぶり過ぎて、書き出しをどうしていたか分かりませんが、とりあえず今日あった出来事を。
それは、コンビニに寄った時のコト。
お目当ての商品を持ってレジに行くと、1人のおばあちゃんが店員さんと何やら話をしていました。
後ろに並んで待っていると、どうやらタバコを買おうとしているらしく、十円玉や五円玉や一円玉を大量にカウンターに並べていました。
しかし、おばあちゃんと店員さんが何回か数えた結果、少し足りない様子。
そんな中、
『今、これだけしかないけんねぇ~』
と、何度も呟くおばあちゃんは“値切ろう”としている雰囲気をバンバン放出。
けれど、生憎、対応している若い店員さんはそんな下心を察するコトなく、茫然とただ立ち尽くすのみ。
このままでは埒があかないと、しびれを切らしたおばあちゃんが急に後ろを振り返り、目が合ったボクに
『お兄ちゃん、ちょっと3円貸してくれんかね??』
と、オファーを出してきました。
いきなりの要求に驚きを隠せませんでしたが、これ以上待たされるのもかなわないので、財布から10円玉を出しカウンターへ。
すると、おばあちゃんは
『こんなにするとか思わんけんね~』
と、店員さんに言いながら、目にも留まらぬ早業で7円を自分の財布へ収納。
会計を済ましたおばあちゃんは、再びこちらを振り返り
『お兄ちゃん、すぐに返せんけどイイかね??』
と、言ってきたので
『返さなくても大丈夫ですよ。』
と、アンサー。
そんなボクに満面の笑みを浮かべながら、感謝を述べて去っていくおばあちゃん。
ですが、ボクは見てしまったのです。
7円を収納する時に、そのガマグチ財布の中に、折り畳まれたお札が入っているコトを…。
だからといって、怒りを感じるコトはなく、ただただ、戦後の日本を生き抜いた“逞しさ”を実感。
きっと、現代人には無い部分なので、みんながこの“逞しさ”を持てば、この不況も乗り越えられる気がした夏の日。
一つ気がかりがあるとすれば、“逞しさ”と“図々しさ”は紙一重というコト。
それは、コンビニに寄った時のコト。
お目当ての商品を持ってレジに行くと、1人のおばあちゃんが店員さんと何やら話をしていました。
後ろに並んで待っていると、どうやらタバコを買おうとしているらしく、十円玉や五円玉や一円玉を大量にカウンターに並べていました。
しかし、おばあちゃんと店員さんが何回か数えた結果、少し足りない様子。
そんな中、
『今、これだけしかないけんねぇ~』
と、何度も呟くおばあちゃんは“値切ろう”としている雰囲気をバンバン放出。
けれど、生憎、対応している若い店員さんはそんな下心を察するコトなく、茫然とただ立ち尽くすのみ。
このままでは埒があかないと、しびれを切らしたおばあちゃんが急に後ろを振り返り、目が合ったボクに
『お兄ちゃん、ちょっと3円貸してくれんかね??』
と、オファーを出してきました。
いきなりの要求に驚きを隠せませんでしたが、これ以上待たされるのもかなわないので、財布から10円玉を出しカウンターへ。
すると、おばあちゃんは
『こんなにするとか思わんけんね~』
と、店員さんに言いながら、目にも留まらぬ早業で7円を自分の財布へ収納。
会計を済ましたおばあちゃんは、再びこちらを振り返り
『お兄ちゃん、すぐに返せんけどイイかね??』
と、言ってきたので
『返さなくても大丈夫ですよ。』
と、アンサー。
そんなボクに満面の笑みを浮かべながら、感謝を述べて去っていくおばあちゃん。
ですが、ボクは見てしまったのです。
7円を収納する時に、そのガマグチ財布の中に、折り畳まれたお札が入っているコトを…。
だからといって、怒りを感じるコトはなく、ただただ、戦後の日本を生き抜いた“逞しさ”を実感。
きっと、現代人には無い部分なので、みんながこの“逞しさ”を持てば、この不況も乗り越えられる気がした夏の日。
一つ気がかりがあるとすれば、“逞しさ”と“図々しさ”は紙一重というコト。