今回はちょっと真面目なお話。



それは、6年前の出来事。


当時、一番上の姉に4番目の女の子が生まれたばかりで、時間があれば姉の代わりに上の子供たちの相手役をしに寝泊まりしていた実家に遊びに行ってました。


そんなある日、突然、オカンからメールがきました。


内容は

『生まれたての姪っ子が亡くなった』

というモノでした。



一瞬、世界が止まり、画面に写る文字の意味が分からずに呆然としていました。



そのメールが来る2日前にも、実家に寄って子供たちと遊んでる時に姉の隣で寝ている赤ちゃんを見たばかり。


何故、急にそんなコトが起きるのか??


嘘じゃないと分かっていても、現実と受け入れるには唐突過ぎる。


ボクはすぐに実家に駆けつけました。



すると、そこには息をしていない赤ちゃんの隣で、涙を流しながら見つめている姉がいました。



ほんの何時間か前まで息をしていた赤ちゃんは、本当にただ寝ているようで、もう少しすれば目を覚ますような気さえします。


そして、恥ずかしながら、ボクは生きてる時にキチンと彼女の顔を見ていないというコトに気づきました。


すぐにハイハイをして、カタコトの言葉を喋って、歩き出して…。

と、赤ちゃんは成長して大きくなるのが当たり前だと思って、他の子供たちの相手ばかりしていた自分がいたのです。


生まれてから、ちゃんと顔を見たのがその日で3回目でした。



その後、姉から死因を聞くと、『生まれた時から心臓に穴が開いていた』というコトでした。


「4人目というコトもあり、赤ちゃんの泣き方がちょっと違うなと思っていても、あまり気にせずすぐに収まると思っていたけど、何日かしてやっぱり変だなと思った時は手遅れだった。」
と、姉は自分を責めていました。



ボク自身も、自分を悔い、その日を境に『“当たり前”なんてないんだ』と、思うようになりました。



人間は進化して、外敵から身を守る術や、病を治す術を見つけ、長く生きる種族へと変わりました。

しかし、本来、自然界において“生きる”というコトは、常に命がけで明日のコトさえも保証されていないのが当然。


つまり、“生きる”とはそれだけ過酷で大変なコト。



人によってはその赤ちゃんの25日間の生涯を、“たったの”と思うかも知れません。


けれど、“穴の開いた心臓”で25日間も生きた“小さないのち”をボクは誇りに思います。


必死に生きようとして、泣くコトしか出来なくても、最後の最後まで生きるコトを諦めなかった“小さないのち”。



きっと、ボクだけじゃなく、家族みんなに“大きな何か”を教えてくれました。




6年が経った今でも、その“教え”は大切に息づいてます。