大正生まれながら170cmを超す体躯を持ち、関西人特有の“サービス精神”を兼備した女性。
それが、マイグランマこと“アイコ”。
無類の“おばあちゃん子”を自負する私にとって、幼少期からたくさんの愛を注ぎ育ててくれた大切な人。
そんな堅いキズナで結ばれたハズのアイコとの忘れられないエピソード。
実家に寄ったある日、自室のベッドで寝ていたアイコに会いに行くと、
『アンタ、ばあちゃんの“孫の手”を持って行ってない??』
と、言われたので
『いや、知らないよ。』
と、伝えると
『本当に??じゃあ、誰が持って行ったんだろうか…??』
と、容疑者探しを始める探偵・アイコ。
その後、体調のコトとか他愛のない会話をしていたら、いきなり
『やっぱり、“孫の手”はアンタが持って行ったんじゃないの??』
と、再び疑惑の目を向けてきたので
『いや、だから、本当に知らないよ。』
と、潔白を主張。
すると、
『お父さんもお母さんも知らないって言ってるから、アンタしかいないと思ったのに…』
と、ボソリ。
どうやら、アイコ探偵にとって容疑者最有力候補であると判明。
しかし、当時、すでに実家を離れていたボクにとって、孫の手の存在など知る由もなく、本当に潔白だったのです。
けれど、その日のアイコ探偵は、終始腑に落ちない表情を浮かべるのでした…。
あとから聞いた話によると、晩年のアイコが次第に病魔に蝕まれる中、あまりの痒みに(特に背中の)皮膚を強く掻きむしる傾向にあり、血を流してしまうコトが多くなった為に、医師の指示で愛用の“孫の手”を隠していたのです。
後日、オカンにその話をすると
『この前も、アンタに電話して“孫の手”持って行ってないか聞いて。』
と、言っていたそうです。
あれだけ固いキズナで結ばれていたのに…。
なぜ、「孫に“孫の手”」という、「豚に真珠」的な状況を不思議に思わなかったのだろうか??
結局、ボクへの疑いは晴れぬまま、今年の春にアイコは他界してしまいましたが、実家の仏壇に手を合わせる時は今でも冤罪を主張しています。
『それでもボクはやってない』と…。
それが、マイグランマこと“アイコ”。
無類の“おばあちゃん子”を自負する私にとって、幼少期からたくさんの愛を注ぎ育ててくれた大切な人。
そんな堅いキズナで結ばれたハズのアイコとの忘れられないエピソード。
実家に寄ったある日、自室のベッドで寝ていたアイコに会いに行くと、
『アンタ、ばあちゃんの“孫の手”を持って行ってない??』
と、言われたので
『いや、知らないよ。』
と、伝えると
『本当に??じゃあ、誰が持って行ったんだろうか…??』
と、容疑者探しを始める探偵・アイコ。
その後、体調のコトとか他愛のない会話をしていたら、いきなり
『やっぱり、“孫の手”はアンタが持って行ったんじゃないの??』
と、再び疑惑の目を向けてきたので
『いや、だから、本当に知らないよ。』
と、潔白を主張。
すると、
『お父さんもお母さんも知らないって言ってるから、アンタしかいないと思ったのに…』
と、ボソリ。
どうやら、アイコ探偵にとって容疑者最有力候補であると判明。
しかし、当時、すでに実家を離れていたボクにとって、孫の手の存在など知る由もなく、本当に潔白だったのです。
けれど、その日のアイコ探偵は、終始腑に落ちない表情を浮かべるのでした…。
あとから聞いた話によると、晩年のアイコが次第に病魔に蝕まれる中、あまりの痒みに(特に背中の)皮膚を強く掻きむしる傾向にあり、血を流してしまうコトが多くなった為に、医師の指示で愛用の“孫の手”を隠していたのです。
後日、オカンにその話をすると
『この前も、アンタに電話して“孫の手”持って行ってないか聞いて。』
と、言っていたそうです。
あれだけ固いキズナで結ばれていたのに…。
なぜ、「孫に“孫の手”」という、「豚に真珠」的な状況を不思議に思わなかったのだろうか??
結局、ボクへの疑いは晴れぬまま、今年の春にアイコは他界してしまいましたが、実家の仏壇に手を合わせる時は今でも冤罪を主張しています。
『それでもボクはやってない』と…。