野球選手、指導者のための心と身体の書き換え「DK WORKS Brain Development~脳と心の開発~」 -21ページ目

野球選手、指導者のための心と身体の書き換え「DK WORKS Brain Development~脳と心の開発~」

DK WORKSは整体、オイル施術、セッション、セミナーで主に野球選手、指導者を対象としたサポートをしています。

●渇愛(=愛情飢餓感)という煩悩に知らず知らずのうちに心身が乗っ取られていると、他者の本当の優しさや温かさに、気づくことができない。

 

 

 

仏教で言うところの「渇愛」は、我々人間誰もが持つ、強烈な煩悩です。

 

 

セルフエスティームの文脈からいくとこれはまさに「愛情飢餓感」と言えるでしょう。

 

 

親に、思うように愛してもらえなかった。

 

 

親との関係性の中に、愛情を感じられなかった。

 

 

愛情が欲しくて、懸命になって親に献身的に生きてきたのに、親からはほとんど愛情を注いでもらえなかった。

 

 

親が自分という存在を、愛を持って観てくれなかった。

 

 

興味を示してくれなかった。

 

 

むしろ、親自身が無意識レベルに持っている愛情飢餓感を癒すために、利用され続けた。

 

 

愛してもらおうと必死になって生きてきたのに、一番愛してほしいはずの親に、愛をもらえなかった。

 

 

深刻な愛情飢餓感を抱えている人というのは、自分でそれに、全く気づいていません。

 

 

しかし、その、心身の奥底に隠し持っている愛情飢餓感は、「誰彼構わず愛されたい」「認められたい」「自分の価値を示したい」という強烈な煩悩となって、認知を歪めていきます。

 

 

例えば、野球選手であれば、ただ純粋に、野球が好き・・・という選手は、どこまでも伸びていきます。

 

 

しかし、裏側に「野球で認められれば自分はもっと人気になって、有名になって、愛されるはずだ」という愛情飢餓感を抱いている選手は、抽象度が上がらず、成長が止まります。

 

 

同じ野球のGoalを持っている選手でも、裏側に走っているアルゴリズムで、全然未来が変わります。

 

 

ルータイスの言葉を借りれば「目的地」と同じくらい「現在地」(自分の裏側に潜むアルゴリズム)に対する洞察が必要だということです。

 

 

自分の裏側に潜む愛情飢餓感というのは、まさに、認知を歪めます。

 

 

端的に言えば、人間関係が、破滅的な状態になります。

 

 

それはなぜか?

 

 

誰が本当に自分の味方で、誰が自分を陥れようとしているか。

 

 

そういう判断が、まるでできない程に、認知が歪んでしまうからです。

 

 

渇愛(=愛情飢餓感)という煩悩に知らず知らずのうちに心身が乗っ取られていると、他者の本当の優しさや温かさに、気づくことができません。

 

 

むしろ、渇愛を一時的に癒してくれるような、わかりやすい「おだて」とか「ヨイショ」するような人を「自分の味方だ」と思ってしまう。

 

 

人を煽たり、ヨイショしたりする人というのは、だいたい裏がある。

 

 

その人をいい気にさせて、その人をコントロールしようとする裏の目的に、気付けない。

 

 

だからいい気にさせられて、煽られて、嬉しくなってしまう。

 

 

愛情飢餓感が一瞬、癒されるように感じる。

 

 

そういうところにつけ込まれて、騙されたりする。

 

 

逆に、本当のことを言ってくれたり、教えてくれたり、支えてくれたりする人は、決して愛情飢餓感を甘やかせて癒そうとはしない。

 

 

的確な指摘をしてくれるが、それは逆に愛情飢餓感を刺激されてしまう。

 

 

「この人は愛がない」と判断してしまう。

 

 

でも実際には、一番自分のことを考えて、考えて、発言してくれていたりする。

 

 

そういう人の”見分け”が付かない。

 

 

だから、愛情飢餓感に苦しむ人の周りには、煽て騙そうとする人や、ヨイショして利益を得ようとする人が集まる。

 

 

そういう人を見分けられないと結局、騙されたり、不快な関係を構築してしまう。

 

 

そういう人は利益がないと感じれば、簡単に離れていく。

 

 

簡単に裏切る。

 

 

利用価値がないと思えば、簡単に人間を切り捨てる。

 

 

人を煽たり、持ち上げたり、ヨイショしたりして、利益を得たい人というのは、本質的には、人を利用しているだけ。

 

 

そういう人はそういう人で、人をモノとしてしか、見れないという苦しみの人生を歩んでいる人でもある。

 

 

愛情飢餓感に苦しむ人も実は、同じ穴のムジナ。

 

 

自分の愛情飢餓感を、一瞬でも癒してくれる人を探して、利用している。

 

 

愛情飢餓感を癒してくれない人は、価値がないと思って切り捨てる。

 

 

渇愛という煩悩に苦しむ人は、そうやって、人に裏切られたり、騙されたりする。

 

 

でも、裏切られるのも、騙されるのも、まさに、自分と同じ「煩悩」に支配された人。

 

 

だから、本当の人間関係が育っていかない。

 

 

人間同士の、心と心が通った関係性が、作れない。

 

 

DK WORKSの最近のテーマはまさにここ。

 

 

そうした「煩悩」と距離を取ることができて初めて、Goalということが語れるようになる。

 

 

初めて、人間として生きられるようになる。

 

 

今日は、マインド・ボディ・コーディネーション瞑想を実践し、セッションも継続的に受けられているクライアントさんから、素晴らしいフィードバックが届きました。

 

 

小出先生

 

 

昨日のセッションありがとうございました。

 

 

今朝、いつもとは逆の視点から気付かされた事が有りましたので、フィードバックを送らさせて頂きます。宜しくお願い致します。

 

 

今朝定期の上司との面談(女性)がありました。今まで私は愛をくれないこの方が嫌いでした。

 

 

私自身の自己無価値観や愛情飢餓感から、恥ずかしい限りですが、私の凄さがわかってないんじゃないか?私を重宝しているのか?

 

 

このような煩悩にまみれ、この方を見るだけで常に煩悩が唸り、いや〜な心待ちになっていました。

 

 

今朝の定期面談では、色々と話をしている中で「凄いですね~」とか私を認めるような発言や友好的な雰囲気を感じ、心地良く面談を終えました。

 

 

次の瞬間「いやちょっと待てよ…、何か違う気がする…」と。

 

 

自分にはやっぱり価値があるんだ。この人は私に愛をくれる人なんだ。と心地良さを感じると共に、自己無価値観や愛情飢餓感にまみれているから、刹那的に、そして常に、このような関係性を選手や他者に求め、煩悩に乗っ取られた言動になっていたのかもしれない。と感じずにはいられませんでした。

 

 

心地良いと感じたコミュニケーションからも、自分自身の無価値観や愛情飢餓感を感じた事に驚き喜ぶと同時に、私の煩悩を一時的に満たしてくる出来事に対して、心地良いと感じていたのだろうと思いました。

 

 

御一読ありがとうございました。

 

 

(50代 男性 スポーツ指導者)

 

 

ご自身の心の動きに対して、極めて鋭い洞察を展開していらっしゃいます。

 

 

まさにヴィパッサナー(洞察)です。

 

 

この方は、昨日セッションでしたが、マインド・ボディ・コーディネーション瞑想に取り組み始めて、明らかに、ご自身の愛情飢餓感や自己無価値観を、意識に上げることができはじめていらっしゃいます。

 

 

自分の内側に潜む愛情飢餓感や自己無価値観という煩悩というのは、通常であれば、全く意識に上げることができないのです。

 

 

なぜかと言えば、そうした強烈な煩悩というのは、ほとんどの場合、自我と完全に同一化してしまっているからです。

 

 

そこに”隙間”がないのです。

 

 

べったりと自分と同一化しているので、感じるのは「あいつが悪いんだ」「こいつがわかっていない」という調子になるのです。

 

 

この方で言えば、

 

 

「私の凄さがわかってないんじゃないか?」

 

 

「私を重宝しているのか?」

 

 

という感覚ですね。

 

 

これは、煩悩と内部表現がべったり同一化してしまっている感覚です。

 

 

しかし、マインド・ボディ・コーディネーション瞑想を始めると・・・・

 

 

その「煩悩」と「内部表現」の間に、隙間が少しずつ、でき始め、間合いを取ることができるようになります。

 

 

それを「Rゆらぎ」というのです。

 

 

ああ、自分には実は、こういうところがあったんだ・・・

 

 

自分の全く気づいていないところで、心身にこういうアルゴリズムが、走っていたんだ。

 

 

無意識に、反応していたんだ。

 

 

その”パターン”に、徐々に気づけるようになるんです。

 

 

これが「鍛錬の成果」であり「心の成長」そのものです。

 

 

この方は、コツコツとマインド・ボディ・コーディネーション瞑想を実践することで、同一化した煩悩から、徐々に解放されつつあるのです。

 

 

そうして、愛情飢餓感や自己無価値観から距離を取れ始めると、目の前の世界が、違って感じるのです。

 

 

今まで嫌いだった人が、あれ?

 

 

すごい実は、応援してくれているじゃないか。

 

 

すごく自分を、評価してくれているじゃないか。

 

 

こんなところも、観てくれているじゃないか。

 

 

すごく理解しようと、尽力してくれているじゃないか・・・

 

 

煩悩と同一化してしまっているうちは、このことに気付けない。

 

 

認知が歪んで「世界」を歪んで、観測してしまうのです。

 

 

内部表現と煩悩の距離が、徐々に離れてくると、こうしたことがきちんと、観えてくる。

 

 

他者の優しさを感じ、他者の心遣いを感じ、他者の気持ちを察知し、他者の心を感じることができるようになる。

 

 

自分の煩悩を暴走させて、都合よく他者を評価するのではなく、澄んだ瞳で、澄んだ心で、透き通った心で、他者と触れ合うことができる。

 

 

ああ、こうしてただ、話しているだけでも、こんなに心地の良い繋がりを、感じられるのだな…

 

 

そんな喜びと、驚きに出会う。

 

 

すると「宇宙は寂しいからできた」というあのトンデモに聞こえる理論に、なぜか納得いく自分に気づく・・・

 

 

ああ、他者と心から繋がるというのは、これほどに幸せなことなのだな。

 

 

このクライアントさんは、マインド・ボディ・コーディネーション瞑想を通じて、ご自身の煩悩と対峙し、それを操作しようとせず、観察に徹することで徐々に間合いができ、自分というものがより鮮明に観え、やがて、他者とのつながり方が、変わり始めていらっしゃいます。

 

 

すごい成果です。

 

 

「自己無価値観や愛情飢餓感にまみれているから、刹那的に、そして常に、このような関係性を選手や他者に求め、煩悩に乗っ取られた言動になっていたのかもしれない。」

 

 

というのも、非常に印象的なフィードバックです。

 

 

心からスポーツが好き・・・

 

 

というよりは、今まではただ、スポーツを指導し、子どもたちをコントロールすることで、自分の自己無価値観を、癒そうとしていたんだ・・・(スポーツ指導者というのはほとんどの場合、この煩悩を持っています。この煩悩が離れないうちは、結果がほとんど出せません)

 

 

子供をコントロールし、子供を従わせ、子供に自分を尊敬させることで、必死に自分という存在の価値を、感じたかった。

 

 

だから、言うことを素直に聞く子は、いつも可愛い。

 

 

言うことを聞かない選手は、嫌い。

 

 

なぜなら、自分の言うことを聞かない子が近くにいると、自分は愛されていない…自分は必要とされていない…自分には価値がない…という煩悩を、凄まじく刺激され、苦しいから。

 

 

なので、そういう選手とは距離を置くようになる。

 

 

本当はそういう、大人の言うことなど聞かないような選手たちと向き合い、野球について一緒に悩み、苦しみ、楽しむことでチームとして、成長できるのに。

 

 

そういう子たちを避けてしまい、チームがまとまらなくなる。

 

 

しかし、このクライアントさんは、ご自身の内側に潜む、この方を苦しめ続けた煩悩と、徐々に距離をとり始めるコツを、掴んでいらっしゃいます。

 

 

すると世界が変わったように、感じます。

 

 

煩悩から解放された時、指導もまた、変わります。

 

 

子供たちと、心で繋がるという感覚が出てきます。

 

 

そして、競技そのものが、勝敗を超えて、面白く、楽しいものに変わります。

 

 

ああ、こんなに、楽しいんだ…と、感動されることでしょう。

 

 

これまでは、煩悩に支配されて認知が歪み、スポーツにまだ、出会っていなかったんです。

 

 

コツコツと瞑想を続けていくと、こうして徐々に「生きる感覚」が、変わってくるのです。

 

 

それこそが「内部表現書き換え」です。

 

 

煩悩を暴走させたものを「Goal」だと思っているうちは、決してたどり着けない領域です。

 

 

我々は、我々自身の「心」をきちんと”使える”ようになるために、練習が必要なのです。

 

 

それがまさに「DK WORKS Brain Development Club」に繋がっていきます。

 

 

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