結界 | 東京湾岸の外猫さんと寄り添って

東京湾岸の外猫さんと寄り添って

あの大震災・原発事故以来、命の存在に敏感になって

そんな私のそばに、健気に生きている外猫さんがいました。

猫さんたちの幸せは、私たちの幸せにつながります。

猫さんたちに優しい社会は、人にも優しい社会。

日々の外猫さんたちとのふれあいを綴ります。

今、外は雨戸を叩く雨音が激しく、一時間半程前まで、深夜の捜索に出かけて帰った時よりも、一層激しい降りとなっています。

いつでも帰って来れるようにと開け放しているナンチュー部屋は、雨風の方向が変わって、違う方向から吹き付けていると気付いて見たら、畳がびっしょりでした。


なかなかブログにナンチューの事を記す気持ちになれず、また、そんな時間があれば何故もっと必死に探さないのかという、もう一人の自分の声もして

いなくなった水曜日の夜から数日は、本当に記憶が飛ぶ程にいたたまれない毎日でした。

食事しようとしても、いつも一緒に食べる習慣になっていたため、今頃お腹をすかしていないか、そればかりが気になって食欲もありませんでした。

日曜日の早朝、久しぶりに出社した際、公園のサポート仲間のゲートボール審判員の方から、6月に数日間手術で入院するので、その間の食事サポートを重ねて依頼されました。

私は、置き餌には反対の立場で、サポートをTNR活動にまで昇華するようにと内心祈るような思いでいた方でもありますが

かつて、まだまだ(今でも)未熟な餌やり段階で、その事にさほど疑問も持たず、自己満足だった時代の延長線上で先人の方から、サポートの在り方を叱責された事もありました。

少しは、外猫さんたちの事をグローバルに、根本的問題のありかに思い当たるようになった頃、白チビ姫を交通事故で亡くした日曜日の朝も、この審判員の方のそばで息を引き取ってしまったチビ姫に全く気付かず、早朝の御挨拶をして慌ただしく出社した記憶も鮮明に蘇ります。

サポートの在り方を再び非難された時、ふっといつもチビ姫とサヨウナラしていた別れ橋の上から湾岸の波間に引き寄せられそうになり、一瞬それでもイイかとの思いが頭をよぎりもしました。

人は、弱いものですね。

今は、生きる意味、生きている有難さ、生きて行くパワーを、猫さんたちの健気な姿から感じ取って、今だに未熟者ですが、天命のようなものを漠然ではあるのですが受けとめています。

昨夜は、疲れ切って久しぶりに会社帰りの公園の猫さんたちのところで、一緒に芝生に寝転んで寝入ってしまいました。




チビ姫の母猫さんも、茶トラのジャック・ちゃちゃまるの妹のレモンちゃんも、手術を済ませて、地域猫として一年あまり

本当なら、この子とも一緒に帰りの暮らしたいと願って来ましたが、諸般の事情で叶わず、心の中で謝るばかりです。

もっと世の中の人達に、外で暮らす猫さんたちに優しくあってほしい、優しさは、倍返しどころか、貴方の人生を光り輝く日々にしてくれるのですよ!

同じ雨音をどこかで聞いているはずと、雨の中、帰っておいでと祈りながら、ご町内に結界の輪を描きながら歩いた私です。

m(_ _)m