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DJ Martの「音楽夜話」

音楽について…、
いろいろな想いがあって、それを誰かと共有したくて、ボチボチつぶやいて行きます。
僕が何者で、何をしていて、どこに向かっているのか、
この作業を通じて、明らかにしていきたいな、と…。

ボチボチよろしく。

僕が初めてMacを買ったのは、
1991年の事だったと思うから、
かれこれ22~3年前。

その頃のMacは、まだまだ70%くらいは“アメリカ人”で、
使っているソフトも、ほとんど英語だったし、
日本語のフォントは、まだ5種類くらいしかなかった。
(Postscriptフォントは2種類)

インストールはフロッピーディスクだったから、
一つのOSやアプリケーションに対して、
10枚とか20枚組で保管してなくちゃならなかったw。


今年はMac生誕30周年。記念ページはこちら。

思えば遠くへ来たもんだ…。


実は昨日、
MacBook Airを手に入れた。
自分への誕生日のプレゼントとして、
これからも、頑張るぞ!という誓いの証だw。




何せ財政難故、新品のカリカリなマシンは買えないから、
ここ数日、いつものように中古を探しまわっていた。

この手のモノは、やはり足で探すのが一番。
ヤフオクではなかなか買えないのが現状だ。

今回買ったのは、2010年後半のモデル。
だから、CPUはまだCore2Duoの1.6GHz。
だけど、メモリ4GB 、SSD128GBという仕様。
しかも、何とこいつ、「OS無し」で売られていたw。


Winならよくあるんだけど、MacのOS無しっていう中古は初めてだ。
出処が、かなり怪しい…^^;。

動かすには別にOSを用意する必要があるが、
幸いうちには、何種類かのOSがある。

ハード的にはほとんど使用感がなく、新品に近い状態なので、
恐らく、どこかで眠っていたモノと思われる。

まあ、Sofmapで買ったので、盗品とかじゃないと思うが…w,
ちなみにお値段は、50,000円+少々。
6回のローンだ(・ω<)。

家に帰って、なるべく古いOSを入れようとチャレンジしたが、
最終的には現状の一個前のMountainLionが入った。




つい昨年の11月まで、MacBook Air13インチのCore i5のモデルを持っていたが、
それを売っての、リプレイス、ダウングレードだ。


でも、実際はこちらの方が使う機会は増えそうだ。
何しろ、今使っているバッグに、スルッと入るのが嬉しい♪

今まではiPadで我慢していたシチュエーションでも、
これからはMacが使えるようになる。

iPadもかなり手には馴染んでいたけど、
やはり、ちょっと何か仕事をしようと思うと、どうもアカンのだw。

キーボードの配置が独特なので、まだちょっと馴染んでいないが、
まあ、何とかなるでしょう。

これにWin7を載せて、デュアルブートにする予定。
Win7が高いんで、こちらも出物待ちとなるが…。
(怪しいのを探してるw)

SSDが早いので、リブートもストレスにならない。

いや~、やっぱHDDが無いのはいいね♪
この値段で、この満足度は、やはりAppleだ。

なんだろうね、やはりWindowsマシンって、どうも手に馴染まない。
Panasonicくらいかな、これなら使えるかな?って思えたのは。
ほかのメーカーの小型ノートPCは、どれも納得のいくものが無いんだよね。

キーボードのタッチとか、トラックパッドの使い勝手とか。


っというわけで、これからいろいろなシチュエーションで試したい。



別にスタバでドヤリングしたいわけじゃないからね!
誕生日である。

まあ、この歳になると嬉しくも何ともないのだが、
今年は一層、微妙な気分だ。


自分は今、めでたいのか?



「めでたい」という言葉の意味をちょっと調べてみた。

「愛(め)でる(感心する、ほめる)+ 甚だしい(はるかに超えているさま)」


なるほど…。
「甚だしい」の部分がイマイチよく見えないんだけど、
まあ、沢山愛して、褒める、って事なんだな?

そういう意味では、
極めて個人的な問題という事で、いいのかな?


26日は、娘の月命日。

そう、今日でちょうど一ヶ月なのだ。

これから毎年、
12月に娘の命日を迎え、1月に自分の誕生日。

何ともまあ、微妙な月廻りになってしまった。



“喪に服す”ってことも、はて、いつまで、どのタイミングで?

特に宗教的にやっているわけじゃないので、
これこそ“自分の気持”の問題なんだろうな。


まあしょうが無い。

まだまだ「おめでたい気分」には成らないのだが、
徐々に、元の生活に戻って行かなくては…。

お誕生日は、
この一年、無事に生きてこられたことへの感謝の日。

一年、無事に生きてこられて、良かったね、という日、なんだろう。

この一年、無事に生きてこられた、のか?w


いや、まあ、
生きていく意志があり、その通りになっているのだから、
良しとすべきなのだろうな。

以上、今日の雑感です。
うちの近所は、典型的な住宅街で、駅前には東口と西口に商店街がある。

僕が初めてこの街に来たのは、かれこれ35年ほど前の話。
当時僕は、千代田区神田に住んでいたもので、
「随分田舎な街だな」と感じたもんだw。

今この辺りは、東京でもかなりアッパーな部類だろう。
中目黒と自由が丘の間だし、環七の内側だし。

その後、縁あってこの街に最初に住み始めたのは、
まだ長男が生まれる前だから、25~6年昔かな。
その頃にはかなり“イケてる”街として、ブイブイ言わせていたw。

会社や得意先で、自分の住所を言うのが楽しかったw。

アホだね。


まあ、あの当時、
まだコンビニやレンタルビデオ店が珍しかったから、
駅から家までにこれらがゴロゴロしていたこの街が大好きだったのだ。

あの頃はちょうど、古い店が潰れて、ドンドン新しい業態の店に変わり、
街が劇的に変わっていく過渡期だった気がする。

いい店もたくさんあったし、商店街を歩いていて、
「お、こんな店ができた!」「ここに、こんな店が?」
という驚きと喜びに満ちていたのだ。

土日で暇があれば、しょっちゅう商店街をウロウロしてた。


しかし最近、この楽しみが少なくなった。
とにかく、僕が好きだった店達が、ポツポツと、
櫛の歯が欠けていくように消えていくのだ。

その後には、どういうわけか知らないが、
必ずと言っていいほど、コンビニが立つ。
(しかもそのほとんどが、僕が一番利用しないファミマ…)

駅から自宅までのわずか8分の間に、
僕は5軒コンビニの前を通るのだ。

確かにコンビニは便利だが、
こんなに無くてもいいのにね~(´・ω・`)

代わりに、僕の好きな古本屋が消えていく。

僕が今の自宅に住み始めた12年ほど前には、
3軒の新書屋と、8軒ほどの古本屋があったのだが、
今は、1軒の新書屋と、古本屋は4件にまで減ってしまった。
(漫画専門店が1軒あるが、僕は行かないので除外)

でだ、

一昨日その中の1軒、
東口からちょっと離れたところにあるけど、
質と値段が一番気に入っていた「E-Books」という古書店に行ったら、
なんと、「閉店セール」をやっていた!!

ビックリ!

そして、ショック!!


その店は開店15年との事で、
比較的新しい店ではあったが、
感覚的に一番合っていたので、
多少遠かったが、休みの日とかによく行っていた。

買い取りもマズマズだったし、
Bookoffなんかよりも、
書籍の質を理解してくれたので、
Bookoffに出す前に持っていってた。


なのに、な~~。


最近は確かに僕も、ついAmazonで古書を探してしまうことが多く、
当りバッタリに古本屋さんで素敵な本に出会う機会が少なくなっていた。

気づかない内に、自分の大切に思っていたものを、
自分でドンドン破壊しているんだな…。

ガッカリである。

こういう文化は、一度失われると、
二度と戻ってこない。

現にこの街にはもう、
レコードを取り扱う店が皆無で、
CDも、1軒だけ。
(中古CDならBookoffにあるけど)

あるのはコンビニばかりなり…。


それらの機能はネットに置き換わったと、
言われればその通りなのだが、
人との生の接触がますます減っていく、
何とも切ない気分だ。


僕らは日々、
いろいろなモノを無くしながら生きている。

大事なものは、確実に自分の手で残しておかないと、いけないね。
毎日が、恐ろしいほど早く過ぎていく。

まあ、しょうが無いんだが、一週間って早いと、特に感じる。

いわゆる“喪に服す”生活を送っているのだが、
パターン化された時間が、感覚を麻痺させて、
「あれ?あのことがあったのは、昨日か?一昨日だったか?」と解からなくなることも多い。

単なる健忘症か?ww

そんな暮らしの中で、ちょっとしたアクセントが欲しくて、
とある「Podcast番組」に、今回の出来事を投稿してみたら、
何と、一時間もかけて、語り合ってくれた。

こんな難しい話題に、真剣に向き合ってくれて、
大変感謝している!


「むんころ」by くりらじ

なんか、不思議な気持ちなんだが、
いい事言っているので、是非聞いてみてほしい。

娘の遺影の前で、この放送を聞きつつ、
現状の分析をしてみた。

結果としては、これからのことを頑張ろう!ということなんだが、
やはりそこには、「多少の変化」があるべきだ、と思うわけだ。


「伝えたいことは、口に出さないと伝わらない」


親子だろうが、夫婦だろうが、他人は他人。
何かを伝えるつもりがあるなら、早めに言っておくべきだ。

当たり前なんだが、結構できないんだよね。

だから、なるべくするように心がけています。
ご飯食べたら、「ごちそうさま、美味しかったよ」、
仕事の話になったら、「お前の力はそんなもんじゃないよ」、
などなど。

まだ、ちょっとだけど…(・ω<)

ま、頑張ります。
自分の命を、全うします。

これからも、よろしくね!w
娘の死から3週間。
すっかり落ち着いた、いつもの生活を粛々と続けている。

自分も家族も一見平常で、特に何の心配も無いようにみえる。

はて、そうなんだろうか?


娘のことを、思い出さない日はないし、
それはなんだろう、どちらかと言うと、辛い記憶。
結局何も進んでいないし、進むこともない。

ま、よく言う“堂々巡り”の思考なわけだ。

もう考えてもしょうが無い、
自分が納得できる答など、見つかるわけがない。

ま、結構論理思考を好む性格だから、
いつまでもクヨクヨ考えている自分が情けなくもなるのだけど、
まだまだ時間が足らないのかもしれない。


じゃ、いいじゃん。

もっと悩もう。

そして、この事実をもっと多くの人に知ってもらおう。

もちろん、我が子武内安菜がこの世にいた事も含めて。

もうこれ以上、自ら生命を断つことが起きないように。

もうこれ以上、我が子に先立たれる「悲しい親」を増やさないように。


もっと向き合って、もっと悩んで、
心の平穏がやってくるまで、やり続けないと…。


んなわけで、マダマダ向き合う所存です。