先に直接お会いして、ご挨拶をさせていただきましたスポンサー各位、並びに関係者各位の皆様には既にご周知の事かと存じますが、この場でも御挨拶させていただきます。

また、砕けた文章になりますので、お見苦しい部分もあるかと存じますが、何卒、ご容赦下さいますよう、お願い申し上げます。



私、吉田祐一は、3月31日をもちまして『MJC編集部』を離れる事となりました。



縁あってこの会社に就いた時、MJCは30ページ程度しかないフリーペーパーでした。
読者モデルもわずか3人(あきちゃんは自分よりも先輩ですねw)と、お世辞にも「栃木のgirlsなら1冊は持っているんだぜ!!」とはとても言えない代物でした。
しかし私自身、このMJCという雑誌にとても大きな可能性を感じ、編集長が描くビジョンにとても大きな期待を持ちました。
私はその夢に乗せていただきました。

この雑誌を世に広める以上、俗に言う『ギャル』のカルチャーと、制作する側の気持ちが分からなければ、MJCと結びつくメリットをクライアントに説明する事が出来ないと感じ、若い女性のカルチャーをたくさん勉強いたしました。そして、雑誌を創りあげるという事を学びました。
カメラもその時に始めたものです。

発行するごとに読者が増えて、参加してくれる読者モデルも増えていって、月を追うごとに成長していくその姿に、毎月の発行日が楽しみで仕方ありませんでした。
発行2年を終えて3年目に入る時、MJCは大きなチャンスを手にし、より沢山の人に見てもらえる販売化へと踏み切りました。
リニューアル創刊号を手にした時の感動は、一生忘れないと思います。

また、MJCの営業や取材活動をしていくにつれて、たくさんの素敵な出会いがありました。
沢山のスポンサーや読者がMJCに興味を持って下さり、MJCの色々な企画に参加して下さいました。
営業先では『素敵な記事をつくってくれてありがとう!!』
取材先では『MJC毎月楽しみにしています!!』
僕は、MJCの成長をダイレクトに感じ取る事ができて、幸せ者だったと思います。
全てはMJCがくれた最高のプレゼントです。
今でも私の中の大切な宝物です。
そして、私にとって大きな誇りです。

1年半と短い間でしたが、振り返ってみると5年も6年も経っているような、
それくらい充実した1年半だったと思います。
この経験は、僕の人生においてとても大きな財産が残りました。

MJCはこれからも、もっともっと大きなステージに立つ事ができる、素晴らしいムーブメントだと思います。
これからもMJCと読者モデルの子達を、陰ながら応援していきたいと思います。
そして読者の皆さん、どうかこれからもMJCを宜しくお願いします。
公式サイトのチェックは欠かさないで下さいねw

最後になりましたが、
在任中は私の配慮が至らぬ点も多数あった事かと思います。
にも関わらず、暖かい眼差しでご容赦いただきました事は、どれだけ感謝をしても感謝しきれません。
本当にありがとうございます。
どうか今後も変わらぬご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

MJC編集部 吉田 祐一



まず最初に、この活動はMJCとは関係のないものです。

この文章を書くのに、軽く3時間ほどかかってしまいました。
少し読みにくい文ですが、読んでいただければ幸いです。
そして、多くの人に見ていただけるよう、コピペしていただけるとなお嬉しいです。


私は、宇都宮市での取材の途中に、今回の震災に立ち会いました。
震災直後、宇都宮の中心街を少し歩きましたが、古いビルの看板が落ち、壁が崩壊し、真新しいビルの内装にも亀裂がはいっておりました。
市内の交通は混乱し、電気は完全に遮断、信号機もつきません。
会社のある小山に戻り、そして自宅に帰りましたが、道中街灯どころか、コンビニの明かりすらついておらず、唯一の明かりは、震災の恐怖から逃げ出すように列をなした、乱暴な車のヘッドライトだけでした。

きっとみんな、同じような体験をして、身を震わせた事かと思います。

私も、小学生以来久しぶりに、家族と一つの部屋で寄り添うように横になりました。
そして、気仙沼や釜石にいる家族の親戚に、未だに連絡が取れない状況が続いております。
私自身、とても他人事では片付かない震災です。

そんな折、子供がオモチャやお菓子を買うお金を我慢して、被災地に募金をするという記事を拝見しました。
美談として片付けてしまえばそれまでですが、そのような記事を見て、心を震わせた人も多いと思います。
僕もその一人です。

しかし、僕個人は東北地方に物資を送り届ける事も、物資を調達する事も、ましてや、ファーストリテイリングの社長のように10億円を寄付する事などできない人間です。
そのうえ、未だ予断を許さない状況を見ると、危険地域はプロに任せる事が妥当だと思います。
それでは、そんな僕に一体何ができるのか?この一週間真剣に考えておりました。

そんな時、新4号バイパスを走っていると、必死に上り方面に走り抜ける福島県のナンバーが目立ちました。
原発のニュースが日本中を駆け抜ける中、住み慣れた街を飛び出して、県外へと逃げ伸びる為に車を走らせている人たちです。
しかし、このガソリン不足です。ガソリンスタンドには常に長蛇の列。
私も警告ランプがついた車両に給油するべく、ひとつの列に加わりました。
私の前には福島ナンバーの車が順番を待っておりましたが、あと少しという所で売り切れになりました。
ドライバーとその家族は必死に店員に泣きつきましたが、どうにかなる訳もなく、しぶしぶと走り出すのですが、ひょこっと顔を出した小学校低学年くらいの子供が、私に向かって笑いながら手を振りました。
私は、手を振り返す事しかできませんでした。

…。

今、僕の住んでいる付近では、茨城県つくば市にある洞峰公園の体育館に250名程、栃木県小山市の県南体育館に50名程の方が、福島県から避難してきて宿泊している模様です。

自分ができる事。
それは『撮る』事と、『書く』事、そして『贈る』事。

子供達に、どんな状況であろうとこの地に来たという記憶とともに、この体験を忘れないでもらいたい。
そして、街が復旧し、安全になり、子供達が故郷に帰り、時間が経った時、僕たちに子供達が育った故郷の風景を見せてもらいたい。

かっこいい事言いますが、
僕は、子供達の未来の為に、微力ながら動きたいと思います。

ここまでは、僕の個人的な気持ちですので、本当に必要な情報は以下です。
もし、コピペして拡散していただけるのであれば、以下の部分だけで構いません。

■支援物資を届ける場所■
・茨城県つくば市の洞峰公園
・栃木県小山市の県南体育館

何が必要か、具体的に何をするかは、以下にまとめてみました。

■今、避難している方に必要とされている物■
タオル、バスタオル、大人用衣類、子供用衣類、肌着(できればパンツは新品)、靴下、
子供用絵本、画用紙、折り紙、鉛筆、シャンプー、リンス、石鹸、整理用品、紙おむつ、おしり拭き

※現在、ガソリンが不足している事態です。私は先日、運よく満タンに入れる事ができましたので、上記の中で贈りたい物がある方は相談して下さい。出来る限り対応いたします。
19日に行われるClub惑星でのチャリティーイベントに行かれる方は、私に直接渡していただいても構いません。

■私が贈る物■
画用紙、折り紙、鉛筆、宿泊している現地の写真

物資を届けに行くのは、20日か21日になると思います。
近隣でお手透きの方は、お手伝いいただけると助かります。

その他、何かお手伝いしたいという方は、ぜひ申し出て下さい。
沢山の協力があれば、より沢山の子供達に笑顔を与えられると思います。


以上、有志を募ります。

吉田 祐一
(GARCONS)


関係者各位へ

お疲れさまです。
皆さんもイベントの運営や、
個々の事情でお忙しい時期かと思いますが、
ご協力いただきたい事が色々とございますので、
後ほど私からご連絡させていただきたいと思います。
突然の提案で誠に恐縮ですが、
宜しくお願い申し上げます。

吉田