日々、様々な問題を組織や人は経験するわけですが、
その問題が人であるという考え方をしてしまうと、
全体を捉えたり原因を追及することが難しくなる。
人はその瞬間に問題に対峙していたのであって、
問題そのものではない。
解りやすく言えば、問題を起こしたその人ではない人が、
そこに居合わせたとしても、同じような問題を経験した可能性があるということ。
なにかとそこにいた人を責めがちだが、
自分自身が同じような構造の環境にいた場合に、
異なる選択ができたと言い切れる人はどのくらいいるだろうか。
例えば、厚労省の飲み会なども、
マスコミは飲み会に参加した人のデリカシーや人格を取り上げて、
「社会人なら普通に判断できることですよね?」
などと言っているが、構造的な問題を抱える組織では、
人はその構造的環境によって判断が左右されるわけです。
ですから、構造という原因に変化を加えない限り、
その構造的環境にいる人をクビにしたところで、
同じ現象を繰返すだけなのです。
ビジネスでも同じ事が言えます。
例えば、忙しくて売上は増加するけどキャッシュが増えない。
というのは人の動きが問題だという認識の経営者が多いのです。
ですから、「○○さんの能力がもっと上がれば」とか、
「○○くんが積極的な提案ができるようになれば」とか、
人を変えることで結果を変えようとしてしまいます。
しかしながら、上記のような問題は人ではなく、
ビジネス構造の問題であるということに気付き、
人が起こした部分的な問題に執着するのではなく、
ビジネスという全体の構造的な問題を関係者全員で解決する。
という視点が重要なのです。
人に対して愚痴を言っている経営者や従業員は、
人ではなく、構造が問題なのだということが理解できれば、
全体最適や長期的な改善という視点を持つことができるようになります。