渡哲也さんが10日に亡くなっていたニュースはちょっとショックだった。決して大ファンではなかったし、彼の有名作というと「大都会」シリーズ、「西部警察」シリーズなんだろうが、後者はあまり熱心に観ていなかったし、映画も代表作の日活での「無頼」シリーズなど未見のまま、最近の出演作もあまり観ていなかった程度なのだ。
自分にとっての「渡哲也の映画」というと、なんと言ってもこれだ。
仁義の墓場(1974年)
監督 : 深作欣二 企画 : 吉田達 原作 : 藤田五郎 脚本 : 鴨井達比古、松田寛夫、神波史男 撮影 : 仲沢半次郎 編集 : 田中修 音楽 : 津島利章
出演 : 渡哲也、梅宮辰夫、郷鍈治、山城新伍、高月忠、ハナ肇、室田日出男、曽根晴美、田中邦衛、今井健二、汐路章、玉川伊佐男、多岐川裕美、池玲子、芹明香、三谷昇、浜田寅彦、成田三樹夫、安藤昇
ロマンポルノに路線変更した日活を退社後、松竹、東宝の諸作品で主演・準主演として活躍し、NHK大河ドラマ勝海舟を病気降板した彼の復帰作であり、東映初主演作品だ。
日活時代の「東京流れ者」などでも「ヤクザだが筋を通す」真っ直ぐな青年だった彼が、自分の組の親分にさえ牙を剥き、半殺しするなど全く常識外れのまさに狂犬、ヤクザさえ持て余す“ヤクネタ”石川力男を異様な迫力で演じていた。
身内でさえ手を焼く凶暴な石川は実在のヤクザだが、破壊衝動のままに何にでも噛みつき、女は強姦して自分のモノにするわ、その女に体を売らせて関東所払いの逃走資金を稼ぐわ、逃げた大阪では田中邦衛とヒロポン中毒になった挙句、赦しも無いのに無断で東京に戻るわと、観ているこちらがヒヤヒヤするほど最初から最後までやること全て無茶苦茶。
自分の好きなジャンル“負け犬暴発映画”の中でも異彩を放つくらいの強烈なキャラクターだった。
妻役の多岐川裕美がほんとに痛々しい。彼女はこの無茶苦茶な石川に尽くしに尽くす。肺を病んだ体に鞭を打って保釈金を工面するなど支え続けた挙句、病を直す気力もなくして自殺してしまう。
出所した石川はサングラスの下で涙を流しながらも、火葬場で妻の骨を拾い、骨壷を体から離さず、かつて自分が歯向かった親分のいる組に向かう。
薬で顔色も悪く、目だけギラギラ光らせ、あろうことか妻の骨を齧りながら
「俺もそろそろ一家を起こしてェんだ。」と強請る姿は異様な迫力で死神のようだった。
結局組員に襲われ(赤い風船が印象深い…)収監された刑務所屋上から身を投じ、わずか29年の短い生涯を自らの手で終わらせた石川力男。
有名な「大笑い 三十年の 馬鹿騒ぎ」の遺書が残されたその日は奇しくも亡妻の三回忌の日だった。
後の「大都会」の黒岩刑事部長や「西部警察」の大門軍団長からは想像つかないような、石川力男の狂った生き様を演じた渡哲也。こちらは先に刑事物の彼に触れていたから、「東京流れ者」などは「若いなあ」くらいで済んだが(あれはあれで鈴木清順監督のどこか変なヤクザ映画だったが)、初めてこの映画を観た時はびっくりだった。
前述のように初めての東映での主演作品だった本作。
脚本の遅れから撮影は連日早朝から深夜に至り、ほぼ不眠不休で、後半は渡は点滴を打ちながらの凄まじい強行撮影だったらしい。
クランクインの初日、病み上がりにもかかわらず寒い中、待ち時間に椅子にも座らず立って出番を待っている渡の姿に、深作監督が渡の付き人に椅子を用意しないのか尋ねると「初めての仕事場で初めての主演作で、偉そうに椅子なんか座ってられん。持ってくるなと言われた」と答えたそうで、深作監督も意気に感じたそうだ。
後のスクリーンや画面に映る彼の背筋の伸びた姿そのものの、真面目な姿勢が伺われる。
「大都会」シリーズの第1作「闘いの日々」は倉本聰の脚本もあり昭和らしいえらく暗い設定や話が多かったが見応えはあった。
「大都会PartⅡ」になると若手刑事「トク」を演じた松田優作を迎えてエンターティメント路線にシフトしてノリが良くなる。
恐らく優作がアドリブでもかましたのか、黒岩刑事部長の渡哲也が素で笑っているようなシーンもあったりで大好きなシリーズだ。「大都会パートⅢ」になるともう「西部警察」の雛形みたいになっちゃって、優作も出ないし、代わりが寺尾聡じゃあなあと観ることが減ってしまったが、その後の再放送は全て録画してDVDに焼いたのだった(笑)
黒岩のキャラクターはその後「西部警察」で大門に引き継がれ、油の乗り切った時期に、角刈りにサングラス、凶悪犯人を簡単に射殺するあのキャラクターを演じ続けることになる。
日活退社後にいくつもの映画会社からの専属契約オファーを断り、世話になった石原裕次郎の石原プロモーションに全財産を持参して入社した彼は、傾きかけていた石原プロの為に「映画」の誘いを断ってこのドラマに出演し続けていたのだそうだ。
「西部警察パートⅢ」の最終回に殉職する大門=渡。霊安室で彼の遺体に上司である小暮課長(石原裕次郎)が語りかける場面を良く覚えている。
もちろんその時はドラマ内での台詞としか聞いていなかったが、本当は「いい歳した大人がサングラス掛けて銃を撃ちまくる」このキャラクターを演じ続けることへの不満を、待っても待っても映画製作に着手しない忸怩たる想いを、会社(石原プロ)のためにぐっと堪えていた渡哲也に対する裕次郎からの心からの感謝と謝罪を込めたアドリブだったそうだ。
「大さん、俺はなぁ…お前さんのこと…あんたのこと…弟みたいに好きだった…。ありがとう…ありがとうぅぅ!」
黙って会社のために耐えてきた渡へのねぎらいと感謝を込めたこの台詞を遺体として聞かなきゃならない渡は、耳栓をして本番に臨んだそうだ。
「何となく聞こえちゃいましたけどね」と、はにかみながら言う「徹子の部屋」再放送の彼の表情は全くもって穏やかで、石川力男の欠片さえ感じられなかったけどね(笑)。
弟である渡瀬恒彦さんが亡くなったのは2年前。裕次郎や松田優作や原田芳雄に地井武男、日活時代に共演していた川地民夫や二谷英明などなど、仲の良かった皆さんや、ついぞ共演作がなかった高倉健や菅原文太ともあちらで旧交を温めているんだろうな…。
本当にお疲れ様でした。合掌。