モンスターや妖怪はもちろん、探偵もでてこない殺人事件も起こらない
普通の小説久しぶりに読んだ(笑)。
志水辰夫著 「いまひとたびの」読了。

ほんとうは不勉強で志水辰夫が何の作家かも知らなかった。
たまたま手に取った氏の他の本がハードボイルド作品だったのだが
隣にあったこの本が短編集とわかりこっちが読みやすそうだと変えた。
(ちなみにブックオ○で105円なり(笑))
てっきり「日常に潜むちょっとした事件」を描いたハードボイルド短編集かと思ったのに・・・
・・・やられました
「事件」ではなく淡々とした「出来事」が起こる9つの短編は
どれも病気や事故など誰にでもありうる日常的な「死」に彩られている。
そしてそうした「死を前にした者」の想いが、覚悟がキリリと描かれている。
自らが死に向かう決意が、死なんとする相手への想いが
「物語」の中でうまく配置され、語られていく。
文体はまさにハードボイルドのそれ。簡潔にして芳醇。
過度にならない叙情性が却って心に染みる。
藤沢周平を思い出す豊かな自然の描写が美しく
生を謳歌する草花と、終焉を前にした人間との対比がすごく鮮やかだった。
大切な人を心から想う気持ち。
ベタベタしない潔い優しさ。それ故のすれ違い。
共に生き、共有してきた時間。そしてその残された時間。
共に生きられなくとも最後に共有できた一瞬。
時間に比例しないその理解の深さ・・・。
それぞれの短編にそれぞれの良さがあり切なかったなあ・・・。
中でも「赤いバス」「七年のち」「夏の終わりに」
「忘れ水の記」そして表題の「いまひとたびの」が良かった。
どれも泣くまではいかないまでもチクリと痛く、
その痛みが切なく、そして愛しい気持ちにさせてくれた。
今年の頭に祖母を亡くした。
初めて自分の家から葬式を出すことを経験した。
祖母には深い想い出があるわけではなかったが
祖母の死を通じて、永遠に存在するような気がしていた両親も、
そして自分もまた確実に「死」というゴールに向かって
たぶんゆっくりと時を刻みながら
日々生きていることを改めて想った1年だった。
そんなこともあったせいか
死が等しく平等に訪れるものなら
やはりそこに至る「生き方」に価値をつけたい。
自分の色で染めあげて終いにしたい。
・・・などという想いがふとよぎるようになった1年でもあった。
弱さもずるさもある登場人物は、その生き方に意地を見せる。
不器用に優しく、はっとするほど厳しく。
自分の、相手の、第3者の「死にいく時」を通じて
自分の生き方に決着をつけようとする。
その姿がどれもたまらなく痛々しくも、羨ましいくらい美しかった。
今年、この年齢でこの本を読めたのも何かの縁かな。
大事にしたい一冊になりました。
ご賞味あれ。損はさせません。(105円だったら余計に(笑))