例えばホー、ケン、ルンと、殺されたキットの弔い合戦に一緒に向かい、
さあ、殴りこむぞという時に「おまえは家へ帰れ」と助太刀を拒まれるキンさんのように・・・。
正業を持つキンさんを、生き残る可能性さえ低いこのヤマに巻き込むわけにはいかないという
裏街道を歩く「男たち」の思いやり・・・けじめだったかもしれない。
彼らの想いを知りつつ武器を置き去るキンさんの寂しげな後ろ姿・・・。
ラスト。全ての戦いを終えたホー、ケン、ルン。
累々と死体が転がる部屋で傷ついた体を椅子に沈める3人。
窓の外からの逆光に浮かぶ3人の姿は瀕死のはずなのに威厳がある。
帰れと言われたのに近くにいて、自ら撃たれても復讐の手助けをしたキンさんだが
・・・そこに彼の席はない。
ルンたちは再び声をかける。
「キン、先に帰っていい・・・行くんだ。」
全てを悟ったキンさんは涙を浮かべて部屋を出て行く。
・・・伝説になる男たちと、伝説にならなかった男。

後巷説百物語 京極夏彦著 角川文庫
前作「続巷説百物語」。時代も場所も違うこの物語の最終話での百介に
「男たちの挽歌?」のキンさんに抱いた同じ感傷が流れた。
ずっと「仕掛け」を共にしてきた御行の又市らに態度で別れを告げられる百介。
人別帖にも載らない無宿者と蝋燭問屋の若隠居。裏の世界と日のあたる世界。
その境界線を思い知らされ、百介は旅を終える。
いつもそうだ。裏街道を歩く男たちは強く優しく、そして非情だ。
又市たちはぼんぼんの百介以上にその「境界線」の意味するところをわかっているからだ。
覚悟のない「表」の人間を自分たちの側に引きずり込むことはならないと考えている。
いくら「表の人間」がそれを望んだとしても・・・。
又市らが百介の前から姿を消して数十年。明治10年が本作の舞台だ。
東京警視庁一等巡査の矢作剣之進、洋行帰りの合理主義者 倉田正馬、
町道場主の豪傑にして理が勝つ男、渋谷惣兵衛、
そしてかつての百介のごとき控えめで温厚な笹村与次郎ら4人の若者が
文明開化の世にあってはならない不思議な事件に行き詰まり
全国を歩き奇妙な話を集めた一白翁=年老いた百介の元に意見を聞きに来る。
(一+白=百・・・いいネーミング!)
一白翁はその持ち込まれた事件と同様な事件を知っていて、
闇を抱えた人や、どうにも立ち行かぬ因果を様々な「妖怪の仕業」として収めた
又市らの「仕掛け」を教えることで、若者たちが抱える「現在の事件」の解決のヒントを教えていく。
その事件の中には、その昔又市や百介が関わったものまであるこの妙。
今の事件を解決させるために語ることで、戻る事の無い「あの頃」の
でもしっかり輝いている記憶の数々を百介もまた蘇らせていく。
百介は彼らと共にいた瞬間だけが「生きていた」ことを彼と共に読み手の我々も実感する。
一白翁の話を聴く若者たちにとっては又市らは「伝説の男たち」である。
翁もそうであったのだろうと若者たちは言うが、百介は否定する。
私はわからぬままに協力しただけですから、と。
本作では又市や山猫廻しのおぎん、事触れの治平ら小悪党の「仕掛け」の面白さは、
前巻までとは違い、少し後ろに引っ込んでいる。
又市らの活躍が過去のものとして、現在の事件解決の誘導として描かれているという
小説の構造以上に、なぜか又市らの活躍が以前の巻ほど鮮やかに感じない・・・。
それは、老いた百介が体験した江戸から明治への時代の変化・・・
すなわち近代へと移行する中で、「何か」が確実に失なわれ、
忘れ去られていったモノたちがいることが、語りの中に浮かびあがるからだ。
前巻から続く、痛快な仕掛けというより、少し寂しい解決。
「妖怪の仕業だった」という又市たちの「仕掛け」による解決が有効だった昔と
「妖怪の仕業ではなかった」と証明する事で解決する現在の事件。
一つ一つの話は自然とこの「解決の違い」を対比していく。
「妖怪」という存在そのものが忘れられ、
無用の長物と化してしまった「無粋な時代」に対する寂莫たる想い。
又市が、おぎんが、そして百介自身が「生きていた」あの頃が遠いものだという感傷。
百介の感じる「寂しさ」がどの話にも纏わりついていることが大きな原因なんだろう。
一白翁の身の回りの世話をする娘、小夜がいる。
いくつかの話が進むにつれて彼女の存在が
百介の体験した過去を確かなものにしていることがわかってくる。
最終話「風の神」では、小夜のために=又市らの信頼に応えるべく
自らの命を賭してまで最後の仕掛けを施す老いた百介の姿が描かれる。
見よう見まねの無様な仕掛けとは言え、
それは第1巻「巷説百物語」の第1話で百介と又市らの出会いが描かれた「小豆洗い」と
同じ「百物語」を行うことで、出席者の過去の罪が暴かれる仕掛けだ。
第一話と同じフォーマットで、表の人間だった百介が
今度は仕掛けをする彼岸の人間になったことを示す。
百介の想像した結果とは違ったが、新しい後継者を予感させる与次郎たちの
更なる「仕掛け」で百介の「想い」はしっかりと決着して仕掛けの物語は終わる。
そして・・・最後に老いた百介は、実際に彼岸の人になっていく。
裏の世界を垣間見た知識の宝庫として
若者たちにとっては彼もまた今後「伝説の男」になっていくのであろう。
キンさんのその後は知らないけれど
百介自身は又市らと別れた後の「死んだような日々」に終わりを告げ
境界線を越え、彼らと同じ場所に立てたことを実感できて誇らしかったに違いない。
予次郎の見た白い影。りん と響く鈴の音。魔除けの陀羅尼の札。
御行奉為―。
又市が「友」として百介の仕掛けを最後まで見届けたと俺は信じたい。
哀切極まりないと同時に、爽やかさも感じるこの幕切れ。
直木賞受賞も納得でありました。
そして物語は又市ビギニング・・・「先巷説百物語」へと過去を遡る。
待ちきれないぞぉ・・・(笑)