動問題だが、福島の問題解決なき中での再開には解せぬ思いが渦巻く・・・。
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野田佳彦首相は10日、都内で講演し、関西電力大飯原発3、4号機(福井県お
おい町)を再稼働させる意向を示した自身の発言について「精神論だけでできる
かというと、万が一ブラックアウト(大規模停電)が起きたら大変な悪影響が出
る。国民生活を守る視点からの判断だ」と述べ、あらためて理解を求めた。
さらに首相は「いろいろ意見があるかもしれないが、私は私の責任で判断した」
と強調し、福井県での再稼働の同意に向けた手続きが進むことに期待感を示した。
(共同)
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp3-20120610-965347.html

関西電力大飯原発3、4号機の安全性を技術面で検証する福井県原子力安全専門
委員会が10日、県庁で開かれた。政府が示した暫定的な安全基準を妥当と評価
し、3、4号機の安全は確保できているとする内容の報告書案を了承した。
これを受け、地元おおい町の時岡忍町長は再稼働への同意を表明する見込み。
西川一誠知事も週内に大飯原発を視察し、県議会の一任を受けて再稼働に同意す
るとみられる。
県専門委は午後3時半から県庁6階で始まる予定だった。傍聴を求めて市民ら6
9人が集まったが、用意された一般傍聴席は50席だったため、傍聴希望者らが
「立ち見でもいいから、全員傍聴させてくれ」「結論ありきだ」
などと大声で抗議した。このため、委員11人は退出し、2階の別室に移動。
傍聴を報道陣に限り、審議は約50分遅れで始まった。
http://www.asahi.com/politics/update/0610/OSK201206100022.html

東京電力福島第1原発事故を検証する国会の事故調査委員会(黒川清委員長)は
9日、公開で委員会を開き、今月末の報告書作成に向け論点整理を行った。
この中で、東電の清水正孝前社長による「撤退」申し入れについて、「東電が全
員撤退を決めたとは認められず、官邸が東電の撤退を阻止した事実はない」と認
定した。
昨年3月14日夜から翌15日未明にかけての撤退申し入れをめぐっては、第1
原発からの「全員撤退」と解釈した菅直人前首相ら官邸側と、「一部要員を残す
つもりだった」とする東電側の主張が対立していた。
事故調は菅氏や清水氏らの証言などを基に、「全員撤退の意思はなかった」とし
た上で、その後の対応について「原子炉の状況を最も把握していた現場の使命感
がポイントだった」と指摘。
「官邸が現場と直接やりとりする想定していない方法で介入し、頻繁に電話が入
るような事態が起きた」と官邸を批判した。(2012/06/09-18:07)
時事ドットコム
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2012060900266

東京電力福島第一原子力発電所の事故直後の昨年3月17~19日、米エネルギ
ー省が米軍機で空から放射線測定(モニタリング)を行って詳細な「汚染地図」
を提供したのに、日本政府はこのデータを公表せず、住民の避難に活用していな
かったことがわかった。
放射性物質が大量に放出される中、北西方向に帯状に広がる高濃度地域が一目で
わかるデータが死蔵され、大勢の住民が汚染地域を避難先や避難経路に選んだ。
政府の初動対応では、汚染の広がりを予測する緊急時迅速放射能影響予測システ
ム(SPEEDI)の試算結果の公表遅れが問題となった。
同システムの予測値と決定的に違うのは、米エネルギー省のデータが放射能の拡
散方向を示す実測値だったことだ。
米エネルギー省は原発事故直後の昨年3月17~19日、米軍機2機に、地上の
放射線量の分布を電子地図に表示する空中測定システム(AMS)と呼ばれる機
材を搭載して、福島第一原発から半径約45キロの地域の線量を計測した。
2012年6月18日5時0分
http://digital.asahi.com/articles/TKY201206170453.html?ref=comkiji_txt_end
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「国民生活を守る視点からの判断だ」の
従来の「国民の生活が第一」のフレーズなど、今では信じる国民もいまい。
まして福島の事故対応の「ぶざまさ加減」にほとほと呆れるのだが、自身の延命
には必死でも、国民の生命には頓着しない姿勢が丸判りで、口先だけは「一丁前」
なのだから「次はない」のは誰でも分かるからか、どんどん「国民の信を問う」
方向へは行かずに、国民を苦しめることに快感を得ているようである。
すべての面において国民が相当なフラストレーションを抱えてしまうのは、政権
を担う責任のなさが、丸わかりに露呈したからにだろう。
「行政の失敗は厳罰」をもって望むのが、本来の「国民のための行政」であるは
ずである。
問題点を有耶無耶にして、何事もなかったことにしようする卑劣な対応が、映画
の素材としては格好の題材になり、社会派と呼ばれる類いのものに理不尽さを映
像にしたためるのは、憤懣のはけ口としてせめてもの「ガス抜き」とともに、教
訓の意味合いを持たせた思惑も見え隠れする。
そんなものの中に「LB・ジョーンズの解放」も入ってくるのでは・・・。

「LBジョーンズの解放」 七十三年公開作
アメリカ南部の田舎町での「黒人離婚問題」の些細なものが、人種差別を含んで
根の深さを浮き彫りにする社会派映画でウィリアム・ワイラーの最後の作品。
葬儀屋を営む黒人のジョーンズには若い妻がおり、その妻の不倫に悩み「離婚を
決意」するのだが、その妻は「資産家のジョーンズ」とは分かれたくないと、離
婚を承諾したくない。そこで男は訴訟を起こすこととなるのだが、この妻の不倫
相手が白人の警官となって、南部に残る「人種問題」が覆いかぶさってくると、
「面子を重んじる町の権力者」たる白人の町長以下暗躍する弁護士とかの醜い言
動が、ジョーンズの苛立ちを募らせ、圧力で訴訟取り下げがより追い込むことに
なるが、ジョーンズはそれらの圧力を撥ね退けてしまうため、保身に汲々とする
保安官によってあっけなく殺害されてしまう。
題名の「解放」は、死ぬことによって、この生き地獄みたいな境遇からのものだ
ろうと思うのだが、そのあっけなさが映像的に「あれっけ」って思うのは、人種
問題解決に主眼をおかず、その町の実力者達の「醜い保身の姿」を映像化するこ
とで、観客に「インパクト」を与える手法なのだろう。
だけに不倫相手の白人保安官の良心の呵責に対する「助言」などを加えて、白人
も苦しんでいる人間と、そして保安官に加勢した男は、ジョーンズの知り合いに
殺されて、ジョーンズを支えて弁護を支援した保身の弁護士の甥も、この町を去
ることに、そして加勢した男に復讐を遂げた男も同じ列車に乗り合わせていた・。
という具合に、映像では「問題の一部始終」を見せて、だが正義が勝つでなく、
問題解決を諦めてさらさせる事で、観客に残る「憤懣」を高めるという「社会派」
的手法は、権力者が「保身のためだけに、正義を踏み躙る」人権は権力者の使える
アイテムでなければ、それは「人権と呼ばない」と、利用出来るものしか価値が
ない。「判っていても、保身が正義を上回る」と単に離婚訴訟という「痴話げんか」
がもその根に「深い闇」を含有していたと、見方によれば「巨匠」も老いたと見ら
れる明快さがない結末が、当時のニューシネマの影響なのかもしれない。
このように「権力を得た者達の保身は、年月が過ぎようが「口先」でのみの人々を、
「騙された」とするか、自分の不明を恥じるかは、その人の矜持にかかっている。
そんなことを考えさせる映画ではある。
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といったところで、またのお越しを・・・。