民話(人物) 耳なし坊主
むかし、根子の村に若者たちの集まる大きな小屋があった。
毎晩毎夜若者たちが集まると、力だめしや歌をうたったり、また、きれいな娘のうわさ話などして楽しい一夜をすごすのだという。
秋も深くなった寒い夜、若者たちは酒もりをはじめて、やんやとさわいだ。
ところが、いつもおとなしい与一という若者の見えないのに気がついた。しかも次の日もいつの間にか見えなくなる。それが続くのでみな不思議に思った。
与一はどこさいくのだべ、きつねつきになったべが、などとさわぎ出すようになって、力じまんの若者二人が選ばれて与一のあとをそれとなくつけて行くことにした。
しばらく前を行く与一の姿がほんのり見えていたのに、森のざわめき、谷川の流れを聞きながら行く程に、ふと与一の姿を見失った。二人の若者は、根気強くあたりを探すと崩れかかった「だみ小屋」の前に出た。しかもその小屋に何かぼうっと灯がみえるようで、じっと静かにしていると人の話し声ではないかと、おそるおそるすき間から中をのぞいてみると、こけむした墓石の前で与一は酒をくみかわし、ぼそぼそと一人で話したり、時には笑ったり、とても生きた人間とは思われない。さすがの二人の若者も、ぞっとして振るえ上がり地に足のつかぬ程に逃げ帰った。
さて与一は夜がふけると、そっと抜け出す。しかも一日一日とやせ衰え、顔は青ざめていく与一を見るに耐え兼ねた若者たちは、とうとうこの間のことを話してやると、
与一は目をつり上げ、みんなをにらんで、
「おれど酒このんでいだな墓石でねぇ、伏影のつぎ子だ。」
与一は相かわらずだみ小屋に行くので、若者たちは、相談して与一を占ってみることにし、いやがるのを無理につれて行って占ってもらった。
占師が言うには、
「生前つぎ子は仏を粗末にしたため、死んでからもううかばれないので、ゆうれいになってさまよっている。もう一度とむらって墓を立てるがよい。」
そこで与一も、若者たちも娘をとむらうことにして、与一に見たままのつぎ子の姿を絵に描かせ、それを先頭にとむらい行列がいくと、娘のゆうれいが出てきて、行列のまわりを回わる。ところが自分の絵姿に左の耳がない。与一が描くとき忘れたのだ。ゆうれいはおこって、いきなり与一の左耳をもぎとると、その絵姿にはり付けた後、さっと消えた行ったという。
左耳をとられた与一は、その後、坊さんになって、小渕のお寺で一生暮したという耳なし坊主の話。
【私なりの解説】
阿仁町伝承民話第一集にある根子地区に伝わる民話です。琵琶法師が平家の亡霊に耳を奪われる『耳なし芳一』に似た話です。根子地区に平家の落人伝説があるのは偶然でしょうか。

にほんブログ村 秋田県情報に参加しています(よろしければクリックを!)