銅像の話をどうぞ | じゃんご ~許されざるおっさんの戯言ブログ~

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このブログは、田舎で暮らすおっさんの独り言を日々書き綴っています。ブログタイトルの「じゃんご」とは秋田弁で「田舎」のことで、偶然にもマカロニウエスタンの主人公の名前でもあります。何となく付けてみました。お時間があれば、広い心で御覧になってください。

アメリカの黒人差別抗議デモ参加者が、過去の黒人差別に関係する銅像を破壊する事件を起こしています。それに対し、トランプ大統領が「米国の記念碑を守り、最近の犯罪的暴力と戦う強力な大統領令に署名した。偉大な国家に対する違法行為には、刑務所での長期刑だ」とTwitter上で息巻いています。

 

どれほど大統領が鼻息を荒くしても、銅像破壊者は法定刑の範囲内でしか処罰されません。権力者の顔色を窺って裁判所が法定刑より重い刑を科したならば、それはアメリカが法治国家であることを否定し、先進国から格下げされることを意味します。罪刑法定主義を理解できないとは、相変わらずトランプ大統領は頭が悪いおっさんです。

 

トランプ大統領を支持する保守派のおっさんたちは、銅像の破壊によって歴史上の功績が消滅してしまうと批判の声を上げているそうです。こいつらも頭が悪いおっさんです。銅像が破壊されたくらいで消滅するような功績は、大した功績ではありません。本物の偉業は銅像など建てなくても、後世の人々に語り継がれ、学び継がれるものです。

 

それならば、銅像の役割とは何でしょう。旧ソ連のレーニン像や北朝鮮の金日成像は、建国者の偉業を称えるために建てられました。しかし、これらの銅像を見ただけでは何をした人なのか分かりません。結局その銅像の大きさによって人民(特に子供)をビビらせ、「何か分からんけど、すごく偉い人なんや!」という刷り込みを行う洗脳装置の役割を果たしているのです。

 

世界各地にある銅像の役割は大なり小なり、その程度のものです。歴史上の功績を語り継ぎ、学び継ぐのが地道な知的作業であるのに対し、銅像を建てたがったり、守りたがったりするのは頭の悪いおっさんの愚行なのです。

 

そして日本人としてアメリカの銅像破壊者に一言言わせてください。イジっていい銅像はハナ肇だけ!と。

 

 

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