数多くの映画やテレビドラマで長年活躍した秋田県仙北市角館町出身の俳優山谷初男(やまや・はつお、本名山谷八男)さんが亡くなったことが2日、分かった。85歳。関係者によると、先月31日早朝、間質性肺炎のため秋田市の病院で死去した。葬儀は近親者のみで行う。(秋田魁新報電子版より引用)。
山谷さんの訃報に際し、生前の評価として「素朴」や「温かみ」を挙げる記事があります。それは東北人や秋田人であることに着目した評価であり、かつ比較的ベテラン老俳優になってからの評価です。
山谷さんが俳優として注目され出したのは、1960年代に若松孝二監督のピンク映画『胎児が密猟する時』や、寺山修司作・演出の舞台『毛皮のマリー』に出演していた頃です。言わば「アンダーグラウンドの怪優」というのも、山谷さんの評価には欠かせません。
60年代のアンダーグラウンド文化では、体制から抑圧され、排除されているものを題材とし、それをもって反体制の意思を表現するのが主流でした。山谷さんの発する何かが、田舎人らしい「素朴」や「温かみ」に収まらず、東京中心的体制から抑圧され、排除されてきた東北地方の暗さや重さを体現しており、それがアンダーグラウンド文化の潮流に乗ったという見方ができます。秋田県出身の山谷さんを起用した若松が宮城県出身で、寺山が青森県出身であるという事実は、その見方を補強します。
山谷さんを「素朴」や「温かみ」だけで評価するのは誤りで、「アンダーグラウンドの怪優」としての評価も加えなければ、俳優山谷初男の全体像は見えてきません。これは、観光パンフレット的な優しい部分だけで秋田県の全てを知った気になってはいけないのと同じです。極論すれば、山谷さんは秋田県なのです(本当に言い過ぎ)。
山谷さんのご冥福をお祈りします。
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