
権八は若様の槍持ちを務めて、東海道を江戸へ向った。若様には酒乱癖があり、その若様を守るのが主命である権八は気が気でならなかった。1955年公開作品。監督は内田吐夢で、出演は片岡千恵蔵、喜多川千鶴、田代百合子、加賀邦男、島田照夫、杉狂児、加東大介、渡辺篤、進藤英太郎、月形龍之介。
戦前の満州映画協会に所属していたため、戦後に中国で抑留された内田吐夢が、帰国してからの監督復帰第一作です。内田監督に映画を撮らせたいと企画協力に手を挙げたのが、溝口健二、小津安二郎、清水宏、伊藤大輔という巨匠監督揃いであることが、内田監督も巨匠であることの証明です。
権八(片岡千恵蔵)と道中を共にする浮浪児(植木元晴)と旅芸人の娘(植木千恵)は、子役ながら良い芝居をします。実は二人が片岡の実子だと知って、ちょっと驚きました。
道中での人間模様を描いてから、最後に大立ち回りを見せるという構成は、アメリカ西部劇の『駅馬車』に似ています。去って行く権八の姿を浮浪児が見送るラストシーンは、やはり西部劇の『シェーン』に似ています。これらに、伝統的な時代劇に洋画のモダニズムを取り入れようとする、内田監督の革新的精神を見出すことができます(この方向性は、後に黒澤明監督の『用心棒』などに繋がります)。
大名行列の途中で呑気に野立てをし、街道を通行止めにした馬鹿殿の風上で、旅人たちが野糞をして鬱憤晴らしをするシーンがあります。コメディ部分でありながら、武士階級=お上を揶揄するという反骨精神が表れています。更に本作の場合、若様(島田照夫)が酒乱で、若様と揉め事を起こして殺害する武士たちも酔いどれという点、道中で大泥棒(進藤英太郎)を捕えても、役所は礼状一枚しか与えなかったという点に、軍人や役人に対する批判が込められています。
本作の終盤では、権八が若様の仇討ちをする大立ち回りが見所です。チャンバラ時代劇のような流麗さはなく、権八は泥だらけになりながら、槍を振り回して武士たちを刺殺していきます。このシーンの迫力には、戦争体験者である内田監督の人殺しは格好良いものではないという思いが表現されています。もっと深読みすれば、権八が用いた槍は由緒あるものと聞かされていたが、実は大したことのない普通の槍だったというエピソードと、旧日本軍が用いた軍刀や銃剣が天皇陛下から賜った物として扱われてきた事実を重ね合わせ、内田監督の痛烈な戦争批判という見方もできるのです。
★★★★☆(2017年7月17日(月)テレビ鑑賞)
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