【映画評】この世界の片隅に | じゃんご ~許されざるおっさんの戯言ブログ~

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このブログは、田舎で暮らすおっさんの独り言を日々書き綴っています。ブログタイトルの「じゃんご」とは秋田弁で「田舎」のことで、偶然にもマカロニウエスタンの主人公の名前でもあります。何となく付けてみました。お時間があれば、広い心で御覧になってください。

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昭和19年、故郷の広島市江波から20キロ離れた呉に18歳で嫁いできた女性すずは、戦争によって様々なものが欠乏する中で、家族の毎日の食卓を作るために工夫を凝らしていた。しかし戦争が進むにつれ、日本海軍の拠点である呉は空襲の標的となり、すずの身近なものも次々と失われていく。それでもなお、前を向いて日々の暮らしを営み続けるすずだったが……(映画.comより引用)。2016年公開の劇場用アニメ。監督は片渕須直で、声の出演はのん(能年玲奈)、細谷佳正、小野大輔、尾身美詞、潘めぐみ、稲葉葉月、岩井七世。
 
アニメ作品としては宮崎駿監督の『となりのトトロ』以来となる、キネマ旬報トップテンで1位を獲得するなど国内の映画賞を数々受賞している話題作です。片渕須直監督は、宮崎監督の『魔女の宅急便』で演出補を務めており、両者に何やら縁のようなものを感じます。
 
宮崎アニメ(=ジブリ作品)との共通点として、背景や小道具などのディテールが徹底的にリサーチされ、リアルかつ美しく描かれていることです。片渕監督が現地広島のロケハン取材に時間をかけ、資料を読みあさったことの成果です。それに対して、登場キャラクターが原作者こうの史代の絵柄を生かし、非リアルで漫画的なデザインになっていることも、宮崎アニメとの共通点です。作品で描かれる世界は歴史的資料があるので、揺るぎない確かなものですが、その世界で生きる人間は感情という複雑で不確かなものを表現するので、この描き分けは効果的であり、本作は両者のバランスが適切に取れています。
 
背景については、地形や建造物だけでなく、自然もしっかりと描かれていることに注目します。四季の変化や動植物の生命の営みも丁寧に描かれているのです。そのように人間以外の生き物もこの世界で生きているという表現は、作品世界を豊穣にし、生命感をも与えます。
 
このように画面の情報量が多い映画ですが、テンポ良く編集しており、観客を飽きさせることはしません。原作のエピソードを約2時間の尺にまとめるので、各エピソードの無駄な間を大胆にカットしています。この点から、作り手自らの説明力に対する自信と、観客の理解力に対する信頼が感じられます(近頃の日本映画にありがちな無駄な説明的台詞や間延びは、作り手の自信の無さや観客への不信感が原因だと思います)。
 
原作が日記形式なので、各エピソードの始めに日付が記されます。これがカウントダウン的な効果をもたらしているのも、観客を飽きさせない理由の一つです。「○年○月」から「○年○月○日」へ、更に「○年○月○日午前○時」と細かく刻まれていき、観客は運命の昭和20年8月6日と同年8月15日が来ることを知りながら、物語に引き込まれていきます。
 
登場キャラクターの手を大きめに描いているのが特徴的です。原作のデザインに合わせたものです。すず(のん)はその手で料理を作り、掃除をし、洗濯をし、裁縫をし、絵を描き、人とつながります。人間の生活は手によって成り立ち、手は生活の象徴になっています(是枝裕和監督の『歩いても 歩いても』では、母親役の樹木希林が料理する手だけを映すシーンがあります。手の動きは顔の表情より雄弁に物語ることがあります)。しかし、すずの右手は……。
 
本作では、生活という日常に、戦争という非日常が徐々に侵食し、やがて破壊していく様を描いています。すずは日頃ぼーっとしていますが、生活を維持することで戦争に対抗する芯の強さを秘めています。世界がどう変わろうと、自分を貫く強い意思を持っています(だから、ばけもんに出会ったりもします)。
 
本作と同じ、こうの原作の『夕凪の街 桜の国』において、麻生久美子演じる皆実が原爆症で亡くなる時に遺す最期の言葉は、静かで穏やかな語り口ながら、原爆投下した者への呪詛になっています。戦争指導者でもなく、軍人でもなく、地に足のついた一生活者が戦争によって人生を破壊されたことに対する静かな怒りの声です。
 
本作のすずも地に足のついた一生活者であり、観念的で抽象的な議論などせず、世界の片隅で慎ましくも生き続けることで、生活を破壊しようとする者に無言の抗議をしています。すずと同じ、多くの生活者からの無言の抗議は、国の指導者の耳に届くのでしょうか。勇ましい進軍ラッパの音しか聞こえない、愚かな指導者では無理でしょうね。
 
★★★☆(2017年3月8日(水)秋田県大館市・御成座で鑑賞)
 
エンディングロールが終わるまで席を立たない方がいいですよ。
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【おまけ】レトロな外観の御成座は手描き絵看板も名物です。
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マスコットうさぎの“てっぴー”がくつろいでいます。
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