先日亡くなった松方弘樹の代表作の一つとして、『仁義なき戦い』が挙げられます。同作で松方が発した名台詞があります。松方演じる山守組若頭・坂井鉄也が、金子信雄演じる山守組組長・山守義雄に吠えるシーンです。
「オヤジさん、言うといたるがの。あんた初めからわしらが担いどる神輿じゃないの。組がここまでになるのに誰が血流しとるの。神輿が勝手に歩ける言うんなら歩いてみないや、おう! わしの言うとおりにしとってくれりゃあ、わしらも黙って担ぐわ。のお、おやっさん。喧嘩はなんぼ銭があっても勝てんので」
自分の親分を「神輿」呼ばわりする下克上は、正に「仁義なき戦い」です。ヤクザでなくても、同じことを言いたい人はいるはずです。ミクロなところでは職場の上司を、マクロなところでは国や自治体の権力者を「神輿」と罵ってやりたい、鬱積した感情を秘めている人はいるはずです(官僚の作文に書かれた「云々」を「でんでん」と読む、お粗末な神輿は投げ捨ててしまえ!)。
元は脚本家・笠原和夫が書いた台詞です。笠原は海軍特別幹部練習生に志願し、広島県大竹海兵団に入団しながら、終戦を体験しました。戦後、笠原の胸中には戦前の権力者に対する失望や怒りが混ざり合った複雑な思いが生じたはずです。その思いが、この台詞に注入されているかのようです。
しかし、台本に書かれた台詞は、ただの文字の羅列です。それが俳優・松方弘樹の肉体というフィルターを通ることによって、血を通った、観客の心に響く言葉になります。この台詞がファンの記憶に残っていることは、松方の俳優としての凄さの証明になっているのです。