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深く息を吸う。

ふとするとサボりがちな日記ですけども、こんにちわ!

今日は雨でまったりお家デイなので暇にまかせてつづります。


忘れた頃に、宮古島の井戸の話の続き。


井戸ね。まず写真から。



miyakoido

また無断ですけど(だからry)日本珍スポット100景さんより。


ラピュタに酔って「シータ…」とかなんとか呟いていたわたしですが、連れの霊感女子の「ここだよ」で現実に。

ラピュタの中に突如としてある深そうな穴。


こ、ここかぁ。。。


ふっ、これはちょっと、いやかなり怖い、、、


写真じゃ伝わりづらいですけどね、表の明るさから一転、いや、表が明るいからこそだと思うけど、すごく暗い。そして狭い。奥がどうなってるのかまったく見えない。

わたしが軽い閉所恐怖症なこともあって、「あ、これわたし無理なやつだ」と即思う。(地下も嫌い。お店でも地下の店は好きでない)


あのこれ、自分1人だったら絶対入ってないです。

暗い・狭いの重ね技 なおかつ誰もいないだなんて、ね、、、

でも件の女子は懐中電灯をも持参しており、躊躇なく石階段を降りていく。


ちょっと待って!心の準備を!(心の声)



しかし彼女は人の心の声までは聞こえなかった。


仕方なくあとをついていく。(離れすぎるのも怖かった)

すごく静か。

さっきまでたくさんの鳥たちのさえずりでうるさいくらいだったのに、ひたひたと水のしたたるような音が聞こえるような、聞こえないような。

どのくらい降りたのか、底にたどりつく。

いまは水がこんこんと湧き出ているわけではなかったが、いくらかずつ水は湧き出ていて、小さな水たまりができている。

真夏だがひんやりと涼しく、外界から遮断された神聖な空気。


ほんとに、ほんとヘタレであれなのだけど、わたしは水に触れなかった。

連れの彼女はしゃがんで水に手をひたしていたけどね。

そこは人の領域じゃないなって感じがした。

一昔前は生活水として毎日利用していたもののはずなのだけど、ちょっとなんていうか、水ってやっぱ生命の源なんだなってあらためて思った。

それは言うなればただの水なんだけど、水ってやっぱなんかすごいよ!みたいな。うまく言えないけど。


まあただのヘタレなんだけど!


表のラピュタと、その奥にある神性

絶妙です。いま思えば。


でも、色々な意味でそこは象徴的でもあったけれど、あるのは過去の美しき気配だったなあと。

とても素敵なのだけど、今のこの世界とは違ってしまった。

素晴らしいし、今でも思い出すけれど、この今を生きていくにはそこはあまりに繊細なバランスすぎた。

今は、というか今のわたしはもうちょっと強いなにかが欲しいって思う。

倒れても起き上がるための強さみたいなもの。

美しさの中にあるしぶとさのようなもの。

あそこは植物と昆虫と動物たちのための楽園なんだろう。

彼らなら守り続けられる。


静かに沸いてたあの水に、触れておけばよかったかなあという思いと、やっぱ触れないでよかったんじゃないかなって思い。

もう一度行ったら、、、やっぱ触れないかな。ていうかあの穴(井戸)に入れないんじゃないかしらね。


とりあえず、閉所恐怖症の方にはおススメできません。



友達の話です。


東京の友達であるせっちゃんは不思議な人です

不思議話は色々あって、いわゆる「視える人」ってくくりになるかと思うのだけど、幽霊系じゃなくてエネルギー系、宇宙系の人かな。


でも本人はそれで色々辛い思いをしてきていたし(利用しようとする人や、人として扱ってもらえなかったり)わたしや周りの友達はあまり彼女のその力には触れないで、普通にアホなことで騒ぐ飲み友達だった。(それでも話す内容は変わっていたとは思うけど…)


10年以上前のこと。

仕事を辞めたわたしは、いくらか貯めたお金で放浪の旅に出た。

といっても行先は東京と北海道のみだったけれど。


北海道へ行く前に立ち寄った東京で、せっちゃんやその友達と飲み歩いたり、せっちゃんの家に泊めてもらったり、とってもお世話になっていた。


そろそろ東京を出て北海道へ旅立つ前の夜。

その北海道旅行は、ライジングサンという夜通しの音楽フェスに関西と関東の友達と合流して参戦し、札幌に住んでる友達に会ったあとは一人旅の予定だった。


それを聞いたせっちゃんが

「え!?一人で!?大丈夫なの?…心配だなあ、、うーん、じゃあ僕の(見た目はとっても女性的だったけど、友人の前では彼女は自分のことを僕と呼んだ)お付きの者を一人つけておくよ」と言った。


まあ飲みの席だったし、前述のように騒ぎ立てないようにしていたので笑いながら「おーありがとー」とか軽い感じで流してた。


ここから北海道の話ですが

ライジングサンも札幌の友達もとても楽しく、旅を満喫したわたしのその後の一人旅の話の一部なんですけどね

自分のことながら、いま考えてもなんで行ったのかなって謎なんだけど、わたしは北海道のヒッピー村みたいなところへ行ったわけです。一人で。


そこはねえ、二時間に一本くらいしか止まらない電車の駅からさらに一日3本ほどしかないバスで終点まで行き、まばらな民家のうちの一軒へ行って、そこがそのコミューンの現世(笑)拠点で、そこの人に車に乗せてってもらって、どのくらいの時間か覚えてないけども、だーいぶ行った山の奥の谷間にあるのでした。


もちろん周りにはなんにもないし、携帯も通じないし。

ちょうどアイヌのお祭りか何かで、外部の人も参加できる感じだったかな。

掘っ建てのステージといくつかのテント。

そこにいたのは、アイヌの人、障害者、左の人、ヒッピー、ヒッピーもどきで、

アイヌ、ヒッピーの人数は少なく、ヒッピーもどきが一番多かったように思う。

いわゆるドロップアウトした人たちといっていいかな。


何も知らず、見ず知らずの場所へ行ったわたしでしたが、危険な目にあったりはなく、しかしその場ではあきらかにわたしが浮いており(左でもヒッピーもどきでもなかった)、夜のパーティ(少し下りた川沿いの大テントで音楽流して踊ったり)に誘われたりもしたが、行く気にもなれず(例の植物にも興味なかったから)障害者の人たちのテントの隅に持参の寝袋で寝かせてもらいつつ、2日目には「よし現世に帰ろう」と決めていた。

実は東京の友達とここで落ち合う約束もしていたのだけど、それさえ待てなかった(笑)その友達もすごーく変わった人で、機会があれば記したいくらいですが。


行きのことしか考えてなかったので、どうやって帰ろうかと困ったが、ちょうど食料を卸しに来た業者のおじさんの軽トラに乗せてもらうことが出来て、最寄りの駅まで行くことが出来た。(奇跡)


北海道ってほんとに広くて、札幌以外は名の知れた町でもとっても田舎だったけれど、なんとか名の知れた町の小さな民宿に辿り着いたその夜に発熱。

知恵熱か。

ぐったり寝込んでる間にせっちゃんから電話があったのだけど気付かず。

気付いたのが夜中だったのでメールで「風邪ひいて寝ちゃってたー」と送ったら

「それでか~「mimuピンチ!mimuピンチ!」って知らせが来たからどうしたかと心配したよー」とのことでした。


ああ、せっちゃんのお付きの人、、、姿を確認したことないけど、ありがとう。

わたしの意味不明な行動に付き合ってもらってほんとすみません、、、せっちゃんも、ありがとう、、、


ちなみにせっちゃんのお付きの人は3人くらいいる感じでした。

なんだったのかなあ。いまさら感ありすぎてもう聞けないけど「十二国記」とか思い浮かぶね!


でも若かりし自分の行動力がほんとに怖いね!よくぞ無事で!



はじめに

これは夢の話です。

人の夢の話ほど退屈なものはないと思います。

まあ暇つぶし程度にさらりと読み流してもらえれば。

それでも自分的には大切な夢だったので、忘れないように記録として記します。


Sちゃんが亡くなって何年になるか。10年はまだだと思うけど。もうずいぶん昔のことみたいな気もするし、でも思い出はいつも生々しくいつまでも光っている。

亡くなって4.5年後にはじめて夢にSちゃんが出てきたときの話。


Sちゃんとは好きなアーティストが一緒だったので、よく一緒にライブに行っていた。

夢の中でもわたしはSちゃんとライブへ行こうとしている。

どこか山の上でのフェスかなにかに参加するため、バスに乗っている。

そのバスはフェスのための臨時バスで、乗っている人はみなライブへ行く人だ。

途中下車したり、山の中を歩いたり、たしかライブを見たりしたが、そこらへんはあまり覚えていない。

誰のライブだったのかな

曽我部さんだったか。ほかの誰かだったか。

とにかく踊りまくり、歌って腕を振り上げて楽しんだように思う。


あたりはすっかり暗くなり、もう帰るころ。

ふと気付くとわたしは船に乗っている。

山の上のはずだったけど、あたりは湖か海か、とにかく暗い水辺が広がっている。

Sちゃんはなぜか船には乗らず、水の中で漂っている。

「mimuちゃん、これ!」

と言って手作りのクッキーとハンカチか何かをプレゼントしてくれた。

わたしは船の上からしゃがんでそれを受け取りお礼を言う。

「あのね、もう最近はこんなことあんまり言わないんだけどね、わたしのこと、忘れないでね」

そう言ってSちゃんは手を振った。

行きのバスに乗っていた人のうち、半数くらいは水の中で漂っている。

残りの半数は船に。

水門が開き、船は出航していく。

わたしを含め、船の上の人々は水に浮かぶ友人たちに手を振る。

水門は閉じられ、離れていくうち、暗い水辺に浮かぶ友人たちはユラユラとして光となって見えた。

ああ、見送る側は淋しいだろうな、、、と思いながらわたしは暗闇に浮かぶ光を見ていた。



ここからは現実の話。

あるときライブへ行ったわたしたちは、帰りの電車でライブハウスでもらったフライヤーを見ていた。

その日はソカバンと50回転ズの対バンだった。

その日はじめて見た50回転ズはちょっと個性的なシャウト系のバンドってイメージだったと思う。(なにせ本命が曽我部さんだったので、わりとテキトーの見ていた)

しかしフライヤー


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いやもうね、衝撃でした。

なんだこれ!!!笑

その変顔よ!

わたしたちは梅田のど真ん中でしゃがみ込み、涙を流し腹を抱えて笑った。

しばらくして落ち着いてからも笑いは止まらず、帰りの電車でも何度もぶり返す笑い。


「いやもうこれさーw置いとこうw」

「うん、なにか悲しいことがあったときにまた見たいw」

「忘れたころに見たいねw」

「あー、なんか普段は目につかないんだけど、何かの拍子に見つけたいかんじw」

「分かるw思いがけず見つけて笑いたいw」


というわけで、そのフライヤーは普段は開かないんだけど、なにか大切なものなんかをまとめてぐちゃっとしまってるファイルにしまわれました。

年に数回ある「あれどこだっけ、、、」という家探しの際、ほんとに忘れたころに出てくる変顔フライヤー。


後悔とか、いまも切ない思いはあるのだけれど、忘れたころに出てくるそれは、あまりの変顔のため、いつもクスッと笑ってしまうものだ。

すべてが伏線のような、絡み合う彩色の運命の糸みたいな何かはきっとある、と思う。




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今日の公園
桜吹雪が美しかった~
桜、こんなふうに散るときが好きになってきました。
モリモリ盛んに咲いてるよりは、散り際がウツクシかったり、、、んふ。

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桜舞う中はしゃぐ息子

アップしてみると

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いい顔。

しかし春休みが終わった公園は誰もおらず、息子もつまらなそうで割とすぐ帰った。
やっぱ誰か子供がいないとつまらんね。

最近は電車よりショベルカー、ダンプカーが好き。
あとは仮面ライダーやトッキュウジャー。

この前就寝時、わたしが寝たフリしてたら
「‥ともくん自分で寝よっと。‥ゆーりかごーのーうーたをー♪」
と歌いながら自分のお腹を自分でぽんぽんしてた。
笑いを堪えた。

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咲いとるね~

我が家の隣の桜はちょい遅咲きなこともあって、まだキレイ。
桜と春の空

キレイな日笠が見れました。
太陽の周りの丸い虹ね。

空はやっぱり宇宙だなあ、なんて思ったり

青くてとてもウツクシイです。

やー、久々に書くんだなあ、日記帳。
色々あって、泣くことの多い春でした。

命は奇跡だなあ、なんて。

生まれてきたなら、それだけでほんとは全部オッケーなのではないかな

しかしこの世に来たからには、わたしたちは踊り続ける。
踊りをやめられない靴を履いたあの女の子のように。
いやぁボクはもうそうゆう人生お腹いっぱいですよ。世捨て人になります。悟ります。
なんっつっても、それもゲームをやめるゲームでしかない。

知ってて踊るか
知らずに踊るか

ま、どっちでもいーか(笑)
うん、どうでもいいね!

ボーダーな気分の春うらら
涙は涙色ですね
恐れは何色でしょうか?
喜びはピンク?
でもすべてが儚いなぁ

息子は今日から幼稚園。
ますます可愛くて、もうどうしようもないね
夫も毎日可愛い可愛い言うてるわ
喋る前が1番可愛いよ、なんて聞いてたけど、いつだってその瞬間がベストに可愛いやんか~
ねぇ!

ちょっと元気になってきて、朝も起きられるようになってきた。わたし。
長い間憂鬱な朝だったな
それはそれで、それだった。
今は起きられる。

明日は久々に新幹線を見に行くか
息子リクエストあったし。
幼稚園はまだ週3の午前中のみだからさ

本来の自分、なんて言い出すと面倒臭いけど、身体が元気ってこんな感じやったなーと思う。

そういえばわたし、太陽の虹を見た晩、SMAPの中居くんと結婚前提で付き合ってる夢を見ました。
いい夢でした。