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天野由梨のinformation

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トランクに霊あるを未だ聞いたことがない。
 結局この噂話は、一篇の笑話と化して笑殺されるようになったが、その頃、また別の噂が後詰のような形で伝わり始めた。それはやっぱり鞄|変化に関するものであった。
 何でも新宿の専売局跡の露店街において、昼日中のことだが、ゴム靴などを並べて売っている店に一つの赤革の鞄が置いてあったが、この鞄がどうしたはずみか、ゆらゆらと持上って、ゴム靴の海の上をすれすれに往来へ出ていったのである。店番をしていた若者はびっくりして後を追い駈けた。幸いその鞄は隣の店の前あたりにうろうろしていたので、かの店員は鞄に追いついて、左右の手をもって鞄の両脇から抱き留めたのである。これは重大な事柄であると後に分ったことであるが、そのときかの店員が鞄を取り押えたときの筋圧感はといえば、一向鞄を取り押えたような気がせず、なんだか幕に手をかけて引いたように感じた由である。つまり非常に軽々と感じ、そして少し遅れて慣性のようなものをも感じたというのである。
 その店員の感想にはもう一つ附加えるべきものがあった。それは彼が手を取押えたトランクの横腹から、そのトランクの把柄へ移し、トランクをさげたときのことであるが、彼はずっしりとしたトランクの重さを急に感じたというのである。それはなんだか俄にトランクの中へ或る重い物が入ったように感じたのである。そこで彼は念のためトランクをゴム靴を並べてあるその上に置くと、トランクの懸金をひらいて開けてみた。が、トランクの中には何も入っていなかった。全くからっぼであったのだ。
 彼は拳固をこしらえると自分の頭をごつんと一撃してからそのトランクの口を閉めて再び店の一隅へ並べた。
 しばらくは何事もなかった。


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