はにかんで呟いた男が、逝った。
確かに、彼は不器用な人だった、と感じる。
彼の演技を見れば、誰もがそう感じたのだと思う。
うまく演じよう、なんてことはハナから諦めている。
その潔さでもって、高倉健を演じきっていた。
出演したすべての映画で、
彼は役柄をではなく、高倉健という役者を演じた。
それが、彼の完成形となった。
大スターは、それでいい。
どの映画を見ようが、
彼が、高倉健を演じる彼が出てくるだけで、
観るものは安心して感情移入できるのだ。
高倉健という役者の完成度の、
なんと高かったことかと、感じ入る。
完成度、という言葉を使って思い出した曲がある。
モーツァルトの「交響曲第39番変ホ長調 K.543」である。
この交響曲は、モーツァルト晩年の円熟した傑作として知られる
「3大交響曲」(第39番、第40番、第41番)の最初の曲。
とにかく、完成度の高い曲であることがよくわかる。
私のようなクラシックのド素人が聴いても、
聴きたい音を、調べを、聴かせてくれる曲なのである。
透明でまろやかな印象の曲調から僕は、
どれだけの癒やしとインスピレーションを得られるのか、
計り知れない奥深さをこの音楽から享受するのである。
完成度だ、完成度。
僕の完成度は、どれくらいなんだ?
そんなこと考えてるヒマあったら、勉強しろ、修業しろってか。
僕は自分を叱咤するしかない、現状認識がある……。
偉大なる作曲家の到達点ともいうべき高みにある曲、
モーツァルトの「交響曲第39番変ホ長調 K.543」で、
秋の夜長を、心しずかにお過ごしください。