リゾートソングは日本から絶滅した・・・らしいのである。
そんなことはつゆ知らず、いや、気にさえしていなかったが、完全に絶滅したらしい。
「絶滅したんだって?」
と同僚に聞いたら、
「した、した」と。
そういやこの頃それらしい曲も聴かないと思い返す。
そもそもリゾートソングの帝王といえば圧倒的にユーミンであり、その後広瀬香美あたりが続いただろうか。
スキー人口のピークが1991年で昨年の冬はその1/2だそうだ。
1991年、大学3年。冬といえば、スキー。
高校時代、大学生になったら大人数でスキーバスツアー行くのが憧れだった。
恋人はサンタクロースが必ずゲレンデでは流れていたのである。
「私をスキーに連れてって」が社会現象になり、僕ら大学生はみんな、まんま同じことをやっていた。
スキー場の頂上でビールを雪で冷やし、乾杯して麓までおりてくる。
1シーズン最低5回は行っていた。スキー部でもないのに。
あれは大学生の修学旅行みたいなもの、大イベントで、恋の花咲く季節だったのだ。
ところが、な、なんと「私をスキーに~」を知らないという人が現れた。
しかも大多数派で。
いや、現在じゃ当然かもしれないが。。。
あの名作を!!
しかし、年月は流れても、冬が来ようが来まいが、相も変わらず、私は「スキー天国へー♪」と卒業することなくユーミンをリゾートソングを聴き続ける日々なのである。
友人が中学の英語教師でビートルズを教材に使ってるとのこと。
確かに分かりやすい英語ではある。
~Every little thing she does, she does for me.~ とか。
中学の英文法を教えるのには持ってこいだ。
そこで議論。
ジョンの“LOVE”は訳せるか。これは絶対に訳せない。
LOVE IS REAL
LOVE IS FEELING
LOVE IS TOUCH
これをどう日本語に訳すのか。
LOVE IS REAL はもう、LOVE IS REAL であり、それ以上でも以下でもない。
なんという英語の美しい響きであり、この響きは日本語ではそうそう見つけることはできないのではないだろうか。
では英訳できない日本語とは。。。
中島みゆきさんの“怜子”という曲がある。
~怜子、いい女になったね~ という出だしだが、
英訳で
~Reiko,you became a fine woman~
と訳されていた。
これは違う、全く違う。皆さんそう思うだろうが、全然違う。
そもそも“いい女”という言葉が深い。
更に女が女に対し、いい女になったね、と言っているところが、字面だけでは読めない、日本人にしか分からない深さがある。
become a fine woman なんて軽すぎて、「違うよねー」と同僚と笑ったが、
言葉というのはほんと面白いものですね。
確かに分かりやすい英語ではある。
~Every little thing she does, she does for me.~ とか。
中学の英文法を教えるのには持ってこいだ。
そこで議論。
ジョンの“LOVE”は訳せるか。これは絶対に訳せない。
LOVE IS REAL
LOVE IS FEELING
LOVE IS TOUCH
これをどう日本語に訳すのか。
LOVE IS REAL はもう、LOVE IS REAL であり、それ以上でも以下でもない。
なんという英語の美しい響きであり、この響きは日本語ではそうそう見つけることはできないのではないだろうか。
では英訳できない日本語とは。。。
中島みゆきさんの“怜子”という曲がある。
~怜子、いい女になったね~ という出だしだが、
英訳で
~Reiko,you became a fine woman~
と訳されていた。
これは違う、全く違う。皆さんそう思うだろうが、全然違う。
そもそも“いい女”という言葉が深い。
更に女が女に対し、いい女になったね、と言っているところが、字面だけでは読めない、日本人にしか分からない深さがある。
become a fine woman なんて軽すぎて、「違うよねー」と同僚と笑ったが、
言葉というのはほんと面白いものですね。
とある女の人と飲んでいて、「死ぬ前に思い出せる風景があるのっていいよね」という話題になった。
まさにその通り! 全く同じ思いを持っていたので「いやあ、ほんと、その通りです!!」と思わず熱くなってしまった。
彼女はイタリアが大好きで、イタリア関連の雑貨を扱う会社に勤めている。
その彼女、初めてローマに行った時のこと、夜に空港到着で、空港からホテルまでバスが出た。
バスはローマの街を走っていく。夜の帳の中、数々のスポットライトがローマの史跡を照らしている。闇の中に浮かび上がる彫刻、古代建築の数々。その光景は息を飲むほど美しかった。。。私はあの風景を死ぬ前にきっと思い出すんだろう と。
それは私にもある。
私の場合はアメリカだ。
最初にアメリカに行った時、成田空港で風邪をひき、飛行機の中で40度近い熱にうなされた。風邪は悪化の一途をたどり、身動きすらとれない状況に。ミネアポリスで乗り換えマイアミまで行ったのだが、その便では周りの人が全く声をかけられないほど酷い状況だったという。
僕は機内アナウンスで目を覚ました。マイアミ国際空港が近いと言っている。窓の外を見た。そこにはオレンジの夕陽に照らし出されたフロリダの湿地帯が広がり、そのオレンジの湿地帯をどこまでもまっすぐに一本の道が伸びていた。そしてトラックが走っている。急激に悪化しすぎた風邪はもう僕の体から去ろうとしている時分だった。悪夢から目覚めたその時に目の前に広がった広大なその風景が僕を変えた。僕は一瞬でアメリカに恋をした。
「ある?」と聞くと「う~ん、あれかなあ」とか「う~ん、あれだあれ!!」などと言ってるうちは違うんです。もう無条件に出てこないようでは。
そしてあのフロリダの、日本じゃ絶対見ることのできない青い青い空はやはり心の原風景。
あの旅では終始ウィルソンフィリップスの爽やかな歌声が流れていた。
アメリカの美女3人のコーラスグループ。
今もアメリカの空と言えばウィルソンフィリップスが
~Dream is still alive~と鮮やかにその声を僕の心に甦らせてくれるのです。
まさにその通り! 全く同じ思いを持っていたので「いやあ、ほんと、その通りです!!」と思わず熱くなってしまった。
彼女はイタリアが大好きで、イタリア関連の雑貨を扱う会社に勤めている。
その彼女、初めてローマに行った時のこと、夜に空港到着で、空港からホテルまでバスが出た。
バスはローマの街を走っていく。夜の帳の中、数々のスポットライトがローマの史跡を照らしている。闇の中に浮かび上がる彫刻、古代建築の数々。その光景は息を飲むほど美しかった。。。私はあの風景を死ぬ前にきっと思い出すんだろう と。
それは私にもある。
私の場合はアメリカだ。
最初にアメリカに行った時、成田空港で風邪をひき、飛行機の中で40度近い熱にうなされた。風邪は悪化の一途をたどり、身動きすらとれない状況に。ミネアポリスで乗り換えマイアミまで行ったのだが、その便では周りの人が全く声をかけられないほど酷い状況だったという。
僕は機内アナウンスで目を覚ました。マイアミ国際空港が近いと言っている。窓の外を見た。そこにはオレンジの夕陽に照らし出されたフロリダの湿地帯が広がり、そのオレンジの湿地帯をどこまでもまっすぐに一本の道が伸びていた。そしてトラックが走っている。急激に悪化しすぎた風邪はもう僕の体から去ろうとしている時分だった。悪夢から目覚めたその時に目の前に広がった広大なその風景が僕を変えた。僕は一瞬でアメリカに恋をした。
「ある?」と聞くと「う~ん、あれかなあ」とか「う~ん、あれだあれ!!」などと言ってるうちは違うんです。もう無条件に出てこないようでは。
そしてあのフロリダの、日本じゃ絶対見ることのできない青い青い空はやはり心の原風景。
あの旅では終始ウィルソンフィリップスの爽やかな歌声が流れていた。
アメリカの美女3人のコーラスグループ。
今もアメリカの空と言えばウィルソンフィリップスが
~Dream is still alive~と鮮やかにその声を僕の心に甦らせてくれるのです。
