極めて不愉快である。

 

 

 

 

こういうのを見ると、思い出すのが、兵頭会長の一言。

 

以下に引用をコピペします。

 

人間というのはいよいよとなればいくらでも頭を下げるのは世の常。しかしそういう土下座する人間に本当に誠意があるかどうかは別の問題。両手両足額を床にこすりつけながら謝っているうちに「こんなに謝っているのにこいつは許してくれないのか?」などと心底被害者を非難し冷血漢呼ばわりし逆恨みをする始末。それが本当に申し訳なく思っている人間のすること?そうさそれがあいつらの現状さ。申し訳なく思っているのは上辺だけ。当然そんな人間の詫びに誠意など1微塵すらあるわけがない。人の命を奪い、人の衣食住を奪った事における誠意なんていうものはこれはもう、誰が考えてもひとつしかない。どんな手を使ってでも死んだ人間、殺した人間、人々の暮らしをそっくりそのまま返すこと。殺した人間を生き返らせること、奪った生活を返すこと。それ以外に誠意はないわけだ。しかし人間にそれができたらお互いに苦労はない。そうだそれができない時点で誠意など皆無。本来できるはず。「本当に謝りたい。被害者がかわいそうだ。自分のせいでこんなことになってしまったんだ」という気持ちで胸がいっぱいであるならどこでだって土下座ができる。たとえ肉焼き骨焼く鉄板の上でも。

 
 
 
焼き土下座のルール
体の両つま先、両膝、両手、額 7つの部分全部を鉄板の上に付けた瞬間からカウント開始、もし土下座が10秒を越えなかった場合はやりなおし。10秒の土下座が達成されるまで 何度でも 額の皮 肉 頭蓋骨を焼く事になろうと。
 
 
はれのひの社長は、成人式当日は、友人宅で「待機」していた、とか…。
 
待機って、雲隠れとは、違うのかい?
 
これはもう、誠意なんか、微塵もないね。
 

 

謝罪なんか、無意味。

 

人の言葉なんか、いっさい信じてはいけない。

 

信じられるのは、行動だけだ。