社会的に大騒ぎになっている2つの事件、
「はれのひ」と、「ドーピング」騒動について。
どちらの事件も、許しがたい不祥事だが、おちついて考えてみたい。
これまで自分は、人殺し以外は全て許してあげてよい、だった。
それを当てはめるのなら、「はれのひ」も「ドーピング」も、どちらも許せるということになる。
しかし、なんかおかしいと思った。
とても許せる事件ではないからだw
そもそも何で「人殺し以外は全て許す」のかというと、
それは現状回復が可能な罪は、償うことができるから、である。
人殺しはどうしたって償えないから、だから人殺しは許せないのだろう。
「現状回復が可能」という基準で考えるのであれば、
私的には、ドーピング事件の鈴木選手は許してあげていい、と思う。
自分の心がまえとしては、ドーピング事件の鈴木選手は、
「償った」という一点をもって、許せる事件だ。
ただし、鈴木選手は、自分の子どもに対しては、一生かかって償う必要があると思う。
子どものことを考えると、それは哀れでならない。
自分のオヤジがそんなことをしたら、と思うと、
そんな思いを一生ひきずっていかなくてはならない子どもがあまりにもかわいそうだ。
もっとも、子どもにどう償えばよいか、なんて私にはわからない。
「はれのひ」は、どうかというと、
心情的にこれは絶対に許せない。
漫画カイジの利根川のセリフに、
「金は命より重い」
というセリフがある。
お金というのは、ある意味その人の命の一部だと思う。
それを奪ってトンズラというのは、
償えない、償わない、ということだから、
結論は許せない、ということになる。
北朝鮮の拉致だって、
実際に死者が出ているかもしれないが、
人の人生から数年を奪ったというのは、その数年分の命を奪ったことと同じ行為である。
過ぎた時間は取り戻すことはできない。
やはり、許せない、ということになる。
あまり大きな声では言えないのだが、
「はれのひ」の社長は、それこそ自分の臓器を全て売ってでもして償うべきだろう。
「てるみくらぶ」と同様に、日本社会における大切な価値観、「信用」を大きく損ねる事件である。
社長は、死をもって償うべきである。
私は、命は無条件で大切だとは思わないから、こんなクズ社長は臓器だけ残して死ね、と言いたい。
被害者ではないものの、本当に胸糞悪い事件である。
さて、私はキリスト教徒ではないが、
基本的には、全て「許す」ことから始めたい。
これまでもそうしてきたつもりだが、
これからも、どうしても「許す」ことができない時点で、
はじめて「許さない」を消極的に採用していきたい。
それにしても、鈴木選手の件は、残念だ。
事件を起こして、あとで正直に謝ることの方が、
オリンピックに出られないよりもよほどつらいってことがわからなかったのだろうか。
冷静に考えることができないくらい、追い詰められていたのだろうか。