高知城の目の前という恵まれた立地。先日訪れた高知市の県立高知城歴史博物館には、旧土佐藩主の山内家に伝わる約6万7千点が収蔵されている▲
3月のオープン以来、展示の目玉は坂本龍馬。所蔵する直筆書簡の中から「必ず一つは実物を展示する。迫力を感じてほしい」と横山和弘副館長は話す。暗殺される5日前の手紙には力強い「新国家」の文字。新政府の樹立に懸けた熱い思いが伝わる▲
その龍馬が、高校日本史の教科書に載らなくなるかもしれない。大学、高校教員らの研究会が「従来の歴史教育は暗記する用語が多すぎる」と半減を提案。武田信玄らとともに削除の対象とした▲
「歴史上の役割が大きくない」との評価に、高知県の尾崎正直知事は反発。先日の会見で「幕末維新期に日本を大きく動かす仕事をした。残すべきだ」と主張した。今年は龍馬の没後150年。関連イベントも多く、提案はタイミング的にも良くない▲
大学入試改革で、歴史は暗記量よりも史実の背景や意義を理解しているかに重点を置く方向。提案はその流れに沿ったものだが、もともと用語が増えたのは細かい知識を試す問題が多かった入試に適応するためだった。最初に「何を教えるべきか」が定まっていないことこそが問題▲
高知県人には、偉大な先人が暗記用語扱いされること自体が許せない。もっとも、当の龍馬は泉下で「小事」と笑い飛ばしていそうな気もするが。
以上。引用終わり。
この大学・高校教員らの研究会というのが、まったくもってくだらない組織なのだろう。
「従軍慰安婦」「南京大虐殺」という言葉は残すなどと言っているから、容易に想像がつく。
大学・高校教員の集まりと言われて思い出したのが、学び舎の作った歴史教科書。
どうしようもない教科書だった。
それも、よりによって採択したのが灘中学というから、かなりびっくりした。
灘中学は入学試験に社会がない。
暗記よりも考えさせる入試という趣旨から、社会はないのだとか。
自分も、以前より歴史というのは入試科目に向かないのではないか、とうすうす思っていた。
歴史を学ぶ目的が、国家・郷土を愛し、社会に対し責任感を持つ国民の育成として行われるのではなく、
受験合格のため、スコアをとるために行われるのだとしたら、意味がないと思ったからだ。
で、その社会を受験から外している灘中学が、学び舎の教科書を採択しているとは。
これはもう、前もって余計な知識は与えないようにして、
まっさらな状態で入学してきた子たちをゆっくり反日歴史教科書で洗脳していく魂胆じゃないかと思ったのだが、
これは勘ぐりというものか?
明治維新というのは、わが国のみならず世界史的な意義があると言っても過言ではないと思う。
そのとき活躍した人物を重要でないと考える人たちは、
それはもう、そういうことにしたい人たちだろうけど、
そういう人たちのバカな教えに付きあわされる子どもたちは本当に不幸だから、
こういうバカな動きは、私はいち日本人として阻止しなければならないと思う。