松山市の三番町に、観音寺というお寺がある。


しかし、この寺は「バカ寺」である。
いや、バカならまだよいが、消えた方がよい寺と断言する。

この寺はいつも、やめればよいものを、
アホなメッセージを掲示していて
今日、寺の前を通ったら、上のメッセージが書いてあった。
『熊本震度7
伊方原発再稼働への警告』
びっくりした。
というのも、遺族に失礼ではないか!!
もしも私の身内が亡くなっていたら、
寺を破壊するだろう。
じゃ、亡くなった四十数名は、
『警告』で亡くなったわけ?
伊方再稼働のせいで亡くなったとでも言いたいわけ?
遺族のみならず、被災者全てに失礼な発言である。
彼らは住む家を『警告』によって破壊され、避難生活を続けているのか?
私は、はらわた煮えくり返る思いである。
実は、以前も寺のメッセージに憤慨して、その時は愛媛新聞に投書した。
松山には、石手寺や観音寺など見苦しいメッセージを掲げている寺があって、やめるべきだと。
ただ、どうでもよい投書は掲載されるのに、
肝心なのはスルーされる。
どうやら、寺の非難などは、門欄には掲載してもらえないのかも。
試しにもう一度書いてみようと思うが。
そういえば、去年の話だったと思うが、
韓国では大手新聞の社説に、原爆は天罰とあった。
つい最近は、当然の報い、などと書いていた。
こういうのが社説に載る国は、もうどうしようもなく、
とてもじゃないが、人とは思えない感覚だが、
案外同じ感覚の「寺」が、身近にあったりして、
死んでも治らなそうなバカは、どこにでもいるものだと思った。
たぶん、一日に何千人と通る交差点にあるのだから、
多くの人が目にしていると思うのだが、
怒っているのは自分だけなのだろうか…
宗教法人にも表現の自由があるだろうが、
天災を「警告」などと意味付け、
天の意思か何かと関連付けたりするのは、
あまりにもグロテスクでおぞましい。
この警告は、法的にはセーフかもしれないが、
私は、言ってはならないことを言っていると思うし、この寺は狂っていると断言したい。


しかし、この寺は「バカ寺」である。
いや、バカならまだよいが、消えた方がよい寺と断言する。

この寺はいつも、やめればよいものを、
アホなメッセージを掲示していて
今日、寺の前を通ったら、上のメッセージが書いてあった。
『熊本震度7
伊方原発再稼働への警告』
びっくりした。
というのも、遺族に失礼ではないか!!
もしも私の身内が亡くなっていたら、
寺を破壊するだろう。
じゃ、亡くなった四十数名は、
『警告』で亡くなったわけ?
伊方再稼働のせいで亡くなったとでも言いたいわけ?
遺族のみならず、被災者全てに失礼な発言である。
彼らは住む家を『警告』によって破壊され、避難生活を続けているのか?
私は、はらわた煮えくり返る思いである。
実は、以前も寺のメッセージに憤慨して、その時は愛媛新聞に投書した。
松山には、石手寺や観音寺など見苦しいメッセージを掲げている寺があって、やめるべきだと。
ただ、どうでもよい投書は掲載されるのに、
肝心なのはスルーされる。
どうやら、寺の非難などは、門欄には掲載してもらえないのかも。
試しにもう一度書いてみようと思うが。
そういえば、去年の話だったと思うが、
韓国では大手新聞の社説に、原爆は天罰とあった。
つい最近は、当然の報い、などと書いていた。
こういうのが社説に載る国は、もうどうしようもなく、
とてもじゃないが、人とは思えない感覚だが、
案外同じ感覚の「寺」が、身近にあったりして、
死んでも治らなそうなバカは、どこにでもいるものだと思った。
たぶん、一日に何千人と通る交差点にあるのだから、
多くの人が目にしていると思うのだが、
怒っているのは自分だけなのだろうか…
宗教法人にも表現の自由があるだろうが、
天災を「警告」などと意味付け、
天の意思か何かと関連付けたりするのは、
あまりにもグロテスクでおぞましい。
この警告は、法的にはセーフかもしれないが、
私は、言ってはならないことを言っていると思うし、この寺は狂っていると断言したい。