地獄への道は善意で敷き詰められている。
(The road to hell is paved with good intentions)
結構カゲキな言葉なんですけど、すっごい鋭い感性だと思いますね。
「地獄への道は善意で舗装されている」とも言われるそうですね。

善意から生じた考え方・行動が「正しい」とは限らない。「善意」によって、物事をむしろ悪い方向に導いてしまう、ということは意外にあることだと思います。

この「善意による地獄への道」が恐ろしいのは、表向きは「悪」に見えないこと、また善意の持ち主である本人は「悪」だと思っておらず、正しさを確信していることで、また他人から見ても「善意でやっているのだから善い方向に向かっている」と思われがちなので、他人から批判をされづらいということでしょう。


端的に言うとですね、ちょっと御幣があるかもしれませんが、この業界で言うと、
「子供寄りの指導者は指導者失格」
だと確信しています。
スポーツで例えると、
監督が選手の立場に立って、100%意見を汲んでチームを動かそうと思ったら
チームも破綻するし、選手も伸びません。
指導する側とされる側、そこには明確な線引きが必要です。
それができない指導者は単に自分がその緊張関係に耐えられないだけです。

かく言う僕は、自分で言うのもなんですが、かなり質問に応じる方だと思いますし、具体的にいつまでに何をやるべきか、というのは指示を出す方だと思います。
が、そこに生徒の「事情」を考慮して、どんどんハードルを下げて、仲良しこよしになってやるべきことをやらせない、ということは100%ないと断言できます。それでは生徒が伸びません。
質問には「応じます」が、まず、答えは「教えません」。
ヒントを小出しにしますが、もう時間ぎりぎりまで、引っ張って生徒に自力で答えを出させるように心がけています。

本当に一番いい塾は、「教えない塾」です。生徒が自分で解けるかどうか、という教材をやらせて、答えのみを教え、質問には「答えない」。自分で考えさせる。そういう塾が一番いいわけです。
そうやって、自主的にどんどん考える「場」「環境」としての塾。そういう塾で勉強をするのが一番力がつくと思います。また、これが生徒と講師双方にとって、一番ストレスレスだとは思うわけですが、僕が思うに、これができるのはきっと小学生レベルか、パズルなどを用いた塾までで、実際の中学数学、ひいては高校数学でこれをやったら、おそらく学力が厳しい子は伸びないどころか、少なくとも数学とかかわることができなくなるであろう実感があります。

高校レベルの数学は、数学があまり好きではない、興味がない、得意ではない、そんな子たちにとって負担がかなり大きいです。というか、仮につまづいたとしても「どこでつまづいているのか」が分からない。そんな状況もよくあります。
なので、塾では時間の許す限り、自分で考える時間を作ってもらい、こちらで躓いているところを見つけて、さかのぼって、やっているつもりです。

ただ、どうやって時間的にかなり制約のある、(特に数学の苦手な)現役高校生が数学ができるようになるのか。
まだ解決策は見つかっていません。

ちょっと最近気になった本があったので、年末年始に読んで、あれこれ考えてみようと思います。