『16歳の教科書』の中で、大西泰斗先生はこう言っています。


以下、引用です。


「どうして英語が使えないのか」。これって突き詰めると、「英語観」の問題なんですよ。多くの中学校・高校で行われてる英語 -特に英文法- の勉強は、メカニカルな規則を積み上げることに重点を置いている。機械信仰に貫かれている。「現在完了の4用法」とか「to不定詞の名詞的・形容詞的・副詞的用法」とかね。言葉を単純な機械として捉えるという発想。だけどね、言葉は機械じゃない。当たり前のことなんだよ、英語が口から出てこないのは。


英語を使うためには、英語を使うネイティブの気持ちに「同期」しなくちゃだめだ。規則の集積を感覚に置き換える、そんな講義を続けた結果が『ネイティブスピーカー』のシリーズに育っていきました。
 
(引用終わり)

 
大西泰斗先生は、NHK教育「ハートで感じる英文法」の講師で、私なんかよりもずっと英語力はあると思うのですが、こと英語教育に関しては、考え方が違います。


 日本人は英語が使えない 
    ↓
 日本の英語教育のせいだ 
    ↓
 英文法の勉強は意味がない
    ↓
 むしろ「感覚」が大切だ


という発想には全くなりません。私は日本の英語教育は他国に比べてむしろずっと素晴らしいと思っており、改善の余地はあるにしても、英文法を「機械的」としてバッサリ切るとか、そういうことはしてはいけないと思います。


確かに感覚は大切だと思います。しかし、それは、文法を一通り習った人にとって大切なものであって、基礎ができていないとムダです。


はっきり言って、基礎をおろそかにすることほど、愚かな教育はありません。



例えば、語源から単語を覚えたことがある人はいると思いますが、100%それでやるのは限界があります。むしろ、語源、というのは、単語を覚えている人が、後から役立てる知識であって、すでに知っている単語をさらによく理解するのに役立つ、というケースの方が多いです。


predict は、pre(前もって) dict(言う)、
だから、「予言する」は、比較的わかりやすいと思いますが、


prevent は、pre(前もって) vent(やってくる)、
だから、「防ぐ」とか・・・、ちょっと厳しいと思うのです。



感覚、というのは、一通り英文法を学んだ人にとって有効であり、感覚でいくにしても、決して英文法軽視の発想であってはならないと思います。



私が思うに、日本人が英語を苦手としているのは、むしろコミュニケーション能力によるところが圧倒的に大きいと思います。私の知る限り、英語がへたくそでも、かなりのコミュニケーション能力を発揮する人って、いっぱいいます。以前いた塾生のお母さんは・・・、英語が全然ダメって言ってたけど、その社交的な性格から、アメリカでは大勢の友人がいたそうです。すごくよくわかる話です。


他にも、言語の構造が、日本語と英語では、あまりに違いますね。使っている音だって、全然違う、日本語は母音の発音が5個、であるのに対し、英語は14個、とも言われている。それらの音を聞き取る脳細胞が生まれながらにしてないわけで、発音する舌べらそりゃ聞き取りにくいし、発音しにくい。



だから、英語は使えないのは、別に恥ずかしいことじゃないわけで、何を恥じる必要があるか、といえば、内容のないこと、を語ることでしょう。どんなに優れた道具としての英語力があったとしても、内容のないことを語っていれば相手にされないし、仮に英語力がないにしても、立派なことを言っていれば、「ひとたび口を開くと、彼は素晴らしいことをいう」というリスペクトを得られます。実際、自分が言われたことです、自慢ではないですが・・・。



まぁ、英語を学ぶことと、それを発揮すること、は別問題であって、で、コミュニケーション能力というのは、むしろ国語力の問題です。だから、英語が使えないから、教育をなんとかしろ、にはなりません。国語力、の範疇になります。




ところで、大西先生は「英語が苦手な原因」として、こうも言っています。それは、基本的に単語力がないから、だと。


このあたりは、考え方はほぼ同じですね。


以下、引用です。


世の中には「日常会話は、1000語くらい基本単語を覚えておけば大丈夫」なんて夢みたいな話も転がっている。だけどね、耳を貸さないことだ。1000の単語でも自分の言いたいことは多少言えるのかもしれない。だけどそれで相手の言い分は果たして理解できるんだろうか?できるわけがない。


(引用終わり)


大学受験用の単語集を2~3冊キッチリ仕上げればよい、とはっきり言っていますね。


このあたり、同じ先生の発言とは思えない、と感じてしまいますが・・・。単語の暗記というのは、決して機械信仰ではなくて、重要なんだそうです。



ちょっと長くなったので、ここまでにしますが、大西先生、若干の考えの食い違いはありますが、それでも、素晴らしいこともおっしゃっていますので、それについては、次回、紹介したいと思います。




ただ、数学なんかと違い、英語は必ずしもやる必要のない科目、と言っても良いかも知れません。なぜなら、将来使わない可能性もあるわけで、しかも英語を使わない受験方法というのも準備されていますし、だから、英語が苦手だとしても、決してコンプレックスを持つ必要はなく、やめて全然OKだと思います。だって、青春時代に、キライなもので時間を費やすのはもったいないですし。


実際、アインシュタインは、語学は超苦手だったのです。世紀の天才が、です。まぁキライなものは、落ちこぼれていたわけ、ですね。


どうしてもキライならやめてしまい、その代わりに好きなものに打ち込んだほうがいいですね。


でも、外国人とコミュニケーションをとりたい、日本を出たい、と思っている人は、やはり、英語は絶対やっておくべきですね。