●安重根(アン・ジュングン)

「伊藤博文を暗殺した安重根」など、英雄どころか犯罪者。

「外国の非戦闘地帯にいた非軍人(伊藤博文)を軍服も着ずに私服で近づき予告も無く殺害」した卑怯者が安重根。

現在の法でも当時の法でも、こんな行為に正当性があるはずもない。

当然この伊藤殺害だけで国際法違反をいくつも犯している。

安重根を独立軍の将軍という者もいるようだが、彼の身分は大韓帝国皇帝に任命されたわけではなく、勝手に独立軍義兵隊参謀中将を名乗っていただけ。

そもそも「将軍(?)なのにたった一人で外国まで自分で暗殺しに行った 実行犯」を、なぜ「独立軍」などと解釈できるのか理解に苦しむ。

本来なら「抗日活動家」か、「テロリスト」あたりが適切な肩書き。

事実、事件後に安重根を逮捕したロシア警察もすぐに安重根の身柄を日本に引き渡しているし、大韓帝国皇帝も安重根の軽率な行動を非難し、日本に謝罪使節団まで送っている。

そして安重根はテロ犯罪者として死刑になっている。

(併合してくれと頼んでいた側が相手国の要人を殺したのだから当たり前である)

つまり、ロシアや大韓帝国から見ても安重根はテロ犯罪者。

だが、現在の韓国では“日本の偉い人を殺した!”ということから妄想が広がり

「偉大なる安重根義士は古来より韓民族に敬愛された独立軍の将軍だ!」とか「極悪人の伊藤博文に天誅を下し、全世界に勇気を与えた!」などというフィクションで塗り固められた歴史上のスーパーヒーローになっている。

確かに伊藤博文が“日本の偉い人”というところまでは間違いないのだが、同時に「朝鮮併合反対派」だったのである。

それを殺せばどうなるか。

朝鮮人は「安重根は併合を阻止するために悪の伊藤を成敗した」などと言うが、反対派の伊藤が暗殺されたせいで次の統監が任命され、(正確には次の次。伊藤の次は就任後すぐ病死した)その後任者が併合賛成派だったおかげで、併合が決定的になった。

つまり「安重根による伊藤暗殺が併合を加速した」のである。

朝鮮が「自ら併合を望んだ」という史実をちゃんと肯定しているのなら「併合を加速させるために伊藤博文を殺した」ということで解釈できるが、「嫌がる朝鮮を日本が強引に併合した」などという事実と逆の教育をしながら「併合を加速させた安重根を英雄視する」のは矛盾でしかない。

今でこそ彼らは「昔から韓民族に敬愛された英雄」ということになっているが、李舜臣など当時の政府からは反逆者として何度も投獄される扱いだったし、安重根に至っては犯罪者として皇帝に非難された上に処刑されている。

慕われてもいないし、英雄的な要素も“当時は”ほとんど無かったのである。

にも関わらず現在の韓国の教科書やテレビドラマでは、安重根や李舜臣を美化し、英雄化し、その行為を正当化するために、伊藤博文や豊臣秀吉を徹底的な悪人として描いている。

これは「自分たち側を持ち上げる時には、相対的に必ず比較対象を貶める」という朝鮮人の卑しい習性である。(この習性は今も変わらない)

栄光に満ちた歴史を持つ日本と違い、長年属国として生きてきた朝鮮には英雄らしい英雄がいなかったから都合のいい歴史が作られた。

そして自分たちを持ち上げるために隣の国・日本を貶めるのが彼らにとって最も気持ちがいい、「韓民族好みのやり方」なのである。

今も韓国で無批判に絶対視されている英雄たちのストーリーは軽薄な歴史しか持たない朝鮮の“願望”や“憧れ”が生んだ虚像なのである。

日本人を苦しめた者ばかりが英雄視されるような価値観の歪んだ国では「日本に謝罪させて、金を取る」という行為も英雄的に映るのは当然の風潮である。

それが言いがかりだろうと、正当性がなかろうと、証拠がなかろうと、彼らにとって“そこ”はたいした問題ではない。

いわゆる、“悪の日本に天誅を下す、という結果”があれば英雄なのである。

“我が国が日本に与えたものは膨大だが、日本から学んだものは何一つ無い”“韓国にも日本にも有るものは、全て日本が韓国の真似をした”“我が国に無くて日本に有るものは、全て日本が我が国から奪っていった”

このような事実のほぼ正反対の大ウソを堂々と教えるのが韓国の『普通』だ。

そのような反日捏造歴史教育が今もなお続いている。

それも“一部”の学校などではなく、韓国人全員が『同じ教科書』を使って。

日本人には「信じたくないこと」だが、そろそろ直視しなければならない。
韓国人はなぜ反日?

まず一つに、『教育のせい』。

では、“なぜ”韓国では反日教育をするのか?

それは、韓国にとってそれがどうしても『必要だから』である。

さて、韓国にとって、“なぜ”反日が必要なのだろうか。

★韓国の事情 『惨めな属国だった歴史を隠したい』

世界で知られるように、朝鮮はずっと中国の『属国』だった。

記録や物的証拠も国内外に数え切れないほど残っており、留学経験のある朝鮮人にも自ら属国であったことを認めている者もいる。

そもそも韓国の古い国旗にまで

「大清国属(清=中国)」と書いてあったのだから属国だったことは否定しようがない。

しかし韓国は国家レベルで「属国だった過去」を消し去りたかった。

古い国旗が発見された時も、韓国国内のニュースでは「大清国属」という文字をカットして報道したほどである。

実はこの韓国の感情的問題は「反日」に密接な関係がある。

まず、朝鮮と清(中国)がどの程度の従属関係だったか。

朝鮮というのは、中国の属国の中でも琉球(現在の沖縄)よりも低い地位だった。

そもそも、中国の属邦の中でも朝鮮の地位は最も低く、下国のなかの下国であった。

天朝の朝賀の席では、千官が赤色の礼服を着ていたのに対し、朝鮮の使臣だけは異色の丸首の衣である。

また、琉球の使臣は籠に乗って宮廷に入るのに対し、朝鮮の使臣は籠に乗ることを禁じられていたことが「渓陰漫筆」に書かれている。

そして、李朝時代の臣民は琉球以下の扱いを受けたと嘆いている。

(黄文雄『韓国は日本人が作った』徳間書店)

服装も違ったし、籠にも乗れなかった。

身分が「最も低い」のだからしかたない。

身分の低さは朝鮮がどんな扱いを受けていたかを見ればより明白になる。

・朝鮮国王は清の皇帝によって任命される。

・朝鮮国内の事件は全て皇帝に報告しなければならない。

・朝鮮国王は清の使節をソウル城門まで出迎えなければならない。

・朝鮮国王の地位は、清国の廷臣よりも下。

・朝鮮政府には、貨幣の鋳造権すら与えられてない。

・朝鮮政府には清国への食糧、兵士提供の要求権もない。

・朝鮮は清国に細かく定められた貢品を出す以外に、毎年、牛3000頭、馬3000頭、各地の美女3000人を選り抜いて貢がなければならない。

朝鮮国王が宗主国の清国皇帝に奉呈した貢文に気に入らない言葉がたった一つあっただけで、朝鮮国王は銀1万両を罰金として払った上に、年貢への見返りを3年間停止するという厳しい処罰を受けている。

朝鮮国内にもその名残がある。

現在ソウルの城門のあった場所には「独立門」というものが建てられたが、昔その場所には『迎恩門』という門があり、それは「朝鮮王が9回頭を 地面に叩きつけて擦りつけ、ひれ伏して清の使者を迎える」という屈辱的な隷属の象徴の門だった。

この迎恩門で『朝鮮の国王』が土下座して出迎えたのは、中国の「王」ではなく中国の『使者』である。

朝鮮はそれほどまでに国家として“下”にみられていたのだ。

この1000年に渡る奴隷のごとき低い扱いは、彼ら朝鮮民族の『民族気質』に深刻な影響を与えることになる。

朝鮮民族の民族気質を簡単に説明するには、朝鮮人の名前が「金(キム)」や「朴(パク)」などのようにワンパターンになった理由を説明するのがわかりやすい。

1.朝鮮人は長い間中国の属国として低い身分にあったため、低い身分の者や貧困者、弱者、ひいては身障者などへの虐待を「下の者が下に見られるのは仕方のないこと、上の者が下の者を見下すのは当然のこと」と考える民族的傾向が定着していた。

屈辱を「当然」と考えなければ精神的に乗り越えられないほど、千年の隷属というのは長かった。

2.朝鮮は虐げられる者の反動として、より低い者を虐げる「貴族社会」が長く続いた。

そのため、家系が悪ければ努力はほとんど無意味だった。

貴族が裕福なのも、奴隷が貧しいのも、生まれた家に決定された。

3.やがて低い身分にある者が「自分の先祖は名門だった」と思いたくなり、いつしか「偽の家系図を買う」または「家系図を書き換える」ことで底辺で虐げられる身分から一発逆転を果たすことが流行してしまった。

4.その結果、皆が「限られた同じ名門(両班という)の名前」になり、形の上では皆が同じ名門の家系出身の者ということになった。

逆に底辺(白丁という)の出身者は歴史の闇へと消えていった。

現在、どの韓国人に聞いても「私は由緒ある両班の出身だ!」と答える。

今はもう白丁の子孫であってもその自覚すらなくなっている。

元より宗主国・中国も姓の種類は少ないが、その一部をコピーした属国の中で、さらに系譜の偽装が行われ「名門・良家の姓」にのみ絞られていったため、朝鮮人の姓は極端に種類が少ないのである。

ここで朝鮮人の民族特性をまとめ直すと、まず、『誰よりも“過去や先祖”を誇りたがる民族』であるということ。

民族の成り立ち上、醜い過去に対するコンプレックスが強いのである。

そして『努力せずに嘘や小細工で勝ち組になれることに味をしめた民族』 であるということ。

過去の歴史を書き換えることで名門になることができた国の人々なのである。

このような性質を持つ彼らには、朝鮮民族の歴史はあまりにも惨めすぎた。

つまり痛々しすぎて自分たちの過去を振り返るのが苦痛なのである。

それゆえ、独立した後に“民族意識を高めるための愛国教育”と称して、

『我が国は5000年間一度も他国に支配されたことの無い独立国である』

という“偽りの栄光の歴史”をあたかも真実のように国民に教え込むことにしたのである。

これが韓国の愛国教育の成り立ちである。

そこで韓国政府は、まず、政府自ら作った教科書以外を教科書と認めないことにした。

そして「日本が朝鮮を独立させてやったこと」を隠蔽した。

具体的には日清講和条約(下関条約)の第一条の内容を削除したのである。

日本と中国の間で締結されたこの下関条約第一条の本当の内容は、『日本が清国に朝鮮の独立を承認させた』というもの。

これを韓国の国民に知られると、「半万年(5000年)独立していたという政府が作った嘘の朝鮮国史」に反してしまうので教えられないのである。

ちなみに前述の『迎恩門』は、朝鮮が独立した時に『独立門』という“中国からの独立を記念する門”に建て替えられていたが、現在の反日教育ではこの門を“中国からの独立”を記念した門、ではなく“日本からの独立”を記念した門、と意味を勝手に変えて教えている。

そもそも迎恩門は日清戦争が終わって朝鮮が独立した時に、清(中国)への屈辱的隷属の象徴だったことを理由に開化派の独立協会に取り壊されたもの。

そして1897年(明治30年)に自主独立の
決意を込めて“わざわざ同じ場所”に建てられたのが独立門である。

米国GHQの軍政から朝鮮が独立したのは日本の敗戦から3年後、独立門が建てられて『51年後』の1948年(昭和23年)なので、建設の年代を見るだけで独立門と日本が全く無関係なのは明白なのである。

このように簡単に暴くことができる嘘でも韓国では疑われることなく中学校の教師レベルまでもが信じ込んでいるほど反日教育が浸透している。

この門に関してそんな嘘を教え込んでいる理由は簡単、『1000年間の長きに渡る清(中国)の支配からの悲願の独立が、 日清戦争に勝利した日本のおかげ』だからである。

民族の独立を日本に頼ったことがカッコ悪かったので、手柄を横取りしたかったのである。

これらが次々と膨れ上がる朝鮮の歴史捏造の序曲。
愛川欽也「安倍さんまた病気にならないかな?」

会場一瞬沈黙

愛川欽也「この話はよそう!人様の病気を期待してるのは」

左傾の連中らこういうことを平気で吹聴する。

安倍政権になってからの左翼メディアはひどい。

集団的自衛権などについて叩くのはまだいいとして、アベノミクスを海外の報道をダシにして叩いてるのはどうかしてる。

海外は「通貨安を国策にするな!俺たちが困る」というスタンスで叩いてるのに、日本のメディアがそれに乗っかってどうする?

テレビなど見ないから、どうでも良いけどな