30数年前に松下幸之助が描いた夢を、今日の日本はどれだけ実現できたか?

■1.『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』

松下幸之助がまとめた『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』という本がある。

昭和51(1976)年に出版され、それから30数年後、西暦2010年頃の日本のありたい姿を描いたものだ。

その中の日本は、「今日の世界において、最も理想的と思われる国はどこか」という国際世論調査で圧倒的な第一位を占め、その理由を探るために派遣された4人の要人からなる視察団が、日本の各界の指導者から理想的な国作りの秘訣を聞く、という設定になっている。

その内容は、経済、経営、教育、社会、政治と幅広く、その各分野で、松下幸之助の理想とするところを述べている。

平成25(2013)年の新年にあたって、30数年前の松下幸之助が抱いた理想が、どの程度、実現されているのか、見てみたい。

日本の現状において悲観的な論調が多いせいか、30数年前の夢などほとんど実現していないのでは、と思いながら読んでみたが、思いのほか実現している分野もあった。

実現している分野と、していない分野を比べてみれば、今後の歩むべき方向も見えてくる。

■2.新緑の箱根にて

松下幸之助の夢が実現した分野の一つに公害のない美しい国土づくりがある。

視察団は5月初めのある日、休養をかねて、箱根の湖畔にやってきた。

視察団の一員、ハーマン氏が言った。

「いやすばらしい眺めですな。この澄んだきれいな湖といい、その周辺をとりまく山々の新緑といい、ほんとうに心があらわれる気がしますね」

一行は、春の桜、初夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色と四季折々に変化する日本の自然を褒め称えた。

また狭い国土ながら、海、山、森、湖など多様な美しさに満ちた日本の自然を、世界でもいちばん優れた景観だと絶賛した。案内役を務める外務省の森参事官はこう応じた。

「このように自然美に恵まれているということは日本人としては好運であり、それだけに感謝の気持ちをもってこうした自然の景観を大切にしていかなくてはならないと考えているのですよ…」

「それと同時に、かりにいまおっしゃっていただいたように、世界の中でも非常にすばらしいものだということであれば、日本人だけでこれを独占するのではなく、広く世界の人びとに日本の景観を鑑賞していただけるように配慮していくことも、われわれ日本人に課せられた尊い義務だと考えられますし…」

「観光客も多いのでしょうな」という質問に、森参事官は「昨年1年間で約350万人」と答えた。

発展途上国から来たトアン氏は「一人平均千ドル使ったとしても30億ドルですか。わが国のすべての外貨収入より多い」と驚く。

現実に海外からの訪日客数は、日本政府観光局によれば、平成22(2010)年に860万人となっていて、松下幸之助の夢の2.5倍近くとなっている。

また訪日した外国人が国内で宿泊、飲食、買い物などで使った額も、1兆1490億円(1ドル80円として143億ドル)に達する(国土交通省観光庁)。

さらに同資料によると、訪日旅行に「大変満足」が35.6%、「満足」も含めると83.5%にも達する。

森参事官の言う「日本人に課せられた尊い義務」は、十二分に達成されていると言える。

■3.「人びとのマナーも向上してきました」

「それにチリ一つないといってもいいほどきれいですね。私どものB国の観光地では、紙くずだとか空カンなどでたいへんですよ」とトアン氏。

「おかげさまで、学校教育をはじめ、社会全体に公衆道徳の教育といいますか、社会人としてのしつけということが重視され徹底されるにつれ、人びとのマナーも向上してきましたから、最近ではゴミを捨てるというような人はほとんどいないようになりました」

「何かの拍子でたまたまゴミが落ちていても、見つけた人がすぐにそれを拾ってクズ入れに捨てるという具合ですから、それでご覧のような状態になってきたのですね」

「なるほど、やはり根本はしつけとか教育が大事ということになってきますね」とハーマン氏。

せっかくの風光明媚な観光地でも、ゴミだらけだったら、感激も薄れてしまう。

また、応対する日本人が横柄だったり、不親切だったりしたら幻滅だろう。

この点で、訪日旅行をしたで83.5%もの人が、「大変満足」「満足」と答えているのは、マナーの面でも、日本人が良い印象を与えているということだろう。

私も、来日した外国人から、どこでも大変清潔であるのに驚いたとか、旅先で親切にされたという事を、何度も聞いたことがある。

この点は学校のみならず各地区、各分野で環境美化運動や掃除教育などを実施している多くの人々の努力が実を結んできているのではないか。

■4.「公害先進国」からどう脱却したのか

クラーキン氏が森参事官に尋ねた。

「実は私どもの国では湖とか河川、さらに一部の海などの汚れがひどいのです。工場などの汚水や廃棄物、各家庭からの排水による汚染ですね」

「ところが日本の場合は、この湖に限らず、どの湖も川も海も概してきれいですね。私どもより人口密度もはるかに高く、しかも世界最高の発達した工業国でありながら、どうしてそういうことが可能なのか、その秘密をぜひ教えていただきたいものですな」

クラーキン氏の質問に森参事官は頷いた。

「かつての日本は「公害先進国」などといわれた一面がありました。ご承知かと思いますが、1960年代に経済の急速な高度成長があったわけですが、いわばその副産物として、水や空気の汚染や自然破壊などのいろいろな公害が生まれてきたのです」

「やはりそうですか。それがどうして今日のようになったのでしょう」とクラーキン氏は体を乗り出した。

「そうですね、基本的にいえば、国民のみんなが「公害はなくさなくてはいけない。美しい自然をとり戻さなくてはいけない」と考えて、そのために力を合わせてつとめたからということになるのでしょうね」

■5.世界一の公害防止技術が育つ

「しかし。なくそうと思うだけではいけないでしょう。何か具体的な方策を講じなければ…」とのクラーキン氏の問いかけに、森参事官は、こう答えた。

「つまり、公害をなくしていくことが企業の大きな社会的責任とされ、実践されたのですね。公害防止のための研究も一段と活発になり、いろいろな新しい発明、開発も次つぎと生まれてきたそうですよ」

ハーマン氏が口をはさんだ。

「そういえば、日本の公害防止技術というのは世界一だそうですね。私の国でもずいぶんとり入れさせていただいていますよ」

「各企業が公害の防除ということを重大な社会的責任と考えて、相当大きな投資をし、真剣に研究開発した結果、開発された技術は同じような問題をかかえている他の企業、さらに世界各国にとっても役立つものでしょうからね…」

「公害防止技術でもいわば高度成長をなしとげ、そこから公害防止企業、公害対策産業というように、一つの事業として成り立つほどのものを生み出してきたのです」

「それがいまでは国内よりもむしろ世界各国の大きなお役に立って、わが国でも有数の輸出産業になっていますよ」

現実には環境省の推計によれば、国内環境産業の付加価値額は平成22(2010)年で約32兆円と国内総生産の7.3%を占め、輸出額は7.5兆円と輸出全体の11%強に達している。まさに国内産業の柱の一つとなっている。

■6.自衛隊への重視と親しみ

もう一つ、松下幸之助の夢が現実になったのは、防衛に関する国民意識であろう。防衛庁の岡田長官は4人の訪問者にこう語った。

「いま国民は、国の自衛なり安全というものをきわめて大切に考えており、したがってその任にあたっている自衛隊というものを非常に重視し、また親しみをもっているといえましょう」

「もっとも30年ほど前までの日本では、自衛隊の存在意義について、いろいろと論議がありましてね。国論の半分は自衛隊を大いに評価していましたが、あとの半分はどちらかというと、これを認めない立場で、なかには強硬な廃止論もありました」

「しかし、時とともにごく自然に、自衛隊というものは国家国民のために必要不可欠のものであるという認識がしだいに高まり、おのずとそこに国民の合意が集まっていったわけですね…」

「いま申しましたように30年ほど前までは、国民の意見も賛否両論に分かれていましたから、それだけ自衛隊なり隊員としても迷いがあったといえるでしょうが、しかし今日ではほとんどの人が自衛隊の意義を認めていますからね」

「だから隊員自身としても大きな誇りと責任の自覚をもって、隊務に精励するようになっているのですよ。そういう態度がまた周囲の好感を呼ぶことになり、有為の人材がここに入ってくる原因にもなっているわけです」

今日の日本では、自衛隊に対して「良い印象を持っている」19.5%、「どちらかといえば良い印象を持っている」61.4%と、合計80%以上の国民が好感を持っている。

これは大震災への対応や、海外PKOなどでの自衛隊員諸士の真摯な活動で自ら築き上げた国民的信頼であると言えよう。

■7.松下幸之助の夢が実現しなかった政治分野

逆に、松下幸之助の夢がまったく実現していない分野も少なくない。その典型的な分野が政治であろう。

4人の視察団が国会の審議を参観すると、みな極めて和やかに、しかし真剣に議論をしていた。野次など飛ばす議員はおらず、党利党略で審議を引き延ばしたり、審議拒否をしたりすることもないという。

各議員が当選した瞬間から、国民全体の代表者として、国家共通の繁栄、平和、幸福のためには、どういう政策をとるのが正しいか考えている。

そういう議員たちに、国民は格別の敬意を払い、またそれだけの見識と実行力を持つ人々を選挙の際に、注意深く選んでいる。

同時にマスコミも国会の審議内容を詳しく厳正に報道しているので、国民が判断を誤らないようになってきたという…

しかし現実のわが国では、まさにこの反対の現象が続いてきた。

民主党のバラマキ公約とマスコミの「政権交代」への大合唱に惑わされて、人間としての常識まで疑わせる最低レベルの政治家を首相にしてしまい、それがために内政外交ともに大混乱に陥った。

そんな民主党政権の幕切れに、松下政経塾出身者がはじめて首相となったが松下幸之助はどんな思いで、この様を見ていただろうか?

■8.30年遅れの夢に向けて

公害防止やマナー向上、自衛隊の認知など、松下幸之助の夢が実現した分野と、実現しなかった政治分野の違いはどこにあるのだろう?

最大の違いは、夢を実現するために、どれだけの人がどれだけの努力をしたか、という点にあるのではないか。公害防止については、多くの企業が真剣な努力をした。マナー向上についても、各地で多くの人々が美化運動や掃除教育などに取り組んできた。自衛隊の認知については、自衛隊自体の精魂を込めた努力があった。

しかし、政治については、我々国民はそれほど自覚的な努力をしてこなかったのではないか。自民党政権時代はその路線に乗っかっているだけで良かったし、社会党が空想的なことを言っていても、万年野党だったので実害はなかった。

しかし、一部の偏向マスコミに踊らされて、国民が不見識な政治家を選ぶと、どれほど国家が大変なことになるのか、この3年で我々は思い知っただろう。

これからは優れた政治家を選ぶために、我々国民ももっと努力しなければならない。またそのためにはマスコミが正確な報道をする事も不可欠であり、そうでない報道に対しては、厳しい批判を投げかけなければならない。

30数年遅れではあるが、政治の分野においても、松下幸之助の夢の実現に向けて、努力を始めるべき年だろう。

そして政治さえよくなれば、経済、教育、福祉など、他の面でも波及効果は大きいはずだ。

■参考■

1. 松下幸之助『私の夢・日本の夢―21世紀の日本』PHP文庫、H6

2. 内閣府大臣官房政府広報室「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」、H21.1

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