皇太子殿下は世界の水問題で、民の幸せを無私の心で祈るという皇室の伝統精神を発揮されている。

■1.「殿下への高い評価は日本人だけが知らないのでは」

皇太子殿下は国連「水と衛生に関する諮問委員会」の名誉総裁をお務めになり、また平成15(2003)年の京都、平成18(2006)年メキシコ、平成19(2007)年、大分、平成20(2008)年スペイン、平成21(2009)年トルコで行われた世界の水問題に関わる国際会議で、講演をされている。

日本のジャーナリストが、水問題の海外の専門家に「海外での殿下の評価はどうか」と質問したところ「どうしてそんな質問をされるのか。それは愚問というものだ。殿下の高い評価は言わずもがな。日本人だけが知らないのでは」と、やり込められる場面があった。

世界水フォーラムを運営している世界水会議のロイック・フォーション会長は、記者との会見で、「皇太子殿下のご存在は、水の分野におけるオム・デタ (Homme d'Etat) だ」と述べた。

フランス語のオム・デタは英語で言えば "Statesman"、無私の心で国家公共の事を案ずる元首や見識ある政治家を意味する。その反対が"Politician"、日本語で言えば「政治屋」で、自分の野心で政治に携わっている人間を指す。

無私の心で国民の幸せを祈られるのが、我が皇室の伝統であるから、殿下は水問題で、皇室の伝統的精神を発揮されている。こうした事をあまり報道しないのも日本のマスコミの偏向と言うべきか。

■2.世界の諸問題の根幹にある水問題

貧困や飢餓の問題を辿ると、水問題にぶつかる。

たとえば、アフリカには広大な土地があるのに、なぜ飢餓や貧困で多くの幼い命が失われているのか。水がないからである。水さえあれば広大な荒れ地や砂漠が、緑の農地に生まれ変わる。

中国のように乱開発から砂漠化が進み、黄河が年に半分近くも干上がり、大都市では飲料水ですら危機的状況にある国もある。

水は足りなければ問題だが、多すぎても問題を起こす。地球温暖化や異常気象も、海面上昇や集中豪雨による河川氾濫などの水の問題を通じて災害を引き起こす。津波もその一つである。

平成21(2009)年3月にトルコ・イスタンブールで行われた第5回世界水フォーラムでは基調講演で、徳川家康が当時の江戸湾にそそいでいた利根川を銚子から太平洋に出るようにして江戸の洪水を防いだ事例を紹介され、こう述べられた。

「平地の少ない日本では、時に猛威をふるう河川を流域全体で適切に管理することが、国民生活の持続可能な発展に必須の条件でした。そのための努力が日本では継続的に続けられてきたのです…」
「水関連災害については、災害直後には盛んに議論されますが、しばらく経つと忘れ去られがちです。日本には、「災害は忘れたことにやってくる」ということわざがありますが、災害が起こってからでは遅すぎます」

「災害を起こさないような備えこそ求められているのです。そのためには、昔も今も変わることなく、絶え間ない努力によって、一歩一歩、地道に歩みを進めていくしかないのでしょう」

■3.「非常に示唆に富んだ、政治的な立場を超えたところでのご発言」

国連水と衛生に関する諮問委員会委員の尾田栄明(おだひであき)氏は、過去の水フォーラムに参加した人々と話をしていると、殿下のご講演についての感想がよく出てくるという。

「第3回世界水フォーラムの琵琶湖・淀川の舟運(しゅううん)の話が一番印象に残っている」とか、「メキシコでの、大都市江戸で発生する屎尿をうまく農地に還元利用する循環型社会の成立に関する話が大変印象に残っている」という具合である。

「殿下は人と水との関係を非常に高い立場から、日本の長い歴史をふまえて具体的な事例を示しながらお話しになっています。だから非常に示唆に富んだ政治的な立場を超えたところでのご発言として世界の人に受け止められるのだと感じます」

殿下は2007(平成15)年の第3回世界水フォーラムで名誉総裁をお務めになり、2010(平成18)年の第4回世界水フォーラムでも基調講演で、非常に印象的なメッセージを語られた。

こういうことから、国連「水と衛生に関する諮問委員会」の名誉総裁をやっていただけないか、との希望が、国連側や委員の間から強く出された。

赤十字や福祉など公共の事業団体の活動をバックアップされるのが皇室の伝統的な姿勢であるが、殿下の場合は、それが国際的に広がったということである。

■4.割れんばかりの拍手

トルコで開催された第5回世界水フォーラムでは、首脳級のサミットが初めて開催され、192カ国の首脳・関係大臣を含む政府関係者、国会議員、多数の国際機関、民間企業、学者らが約3万人も参加したという。

その開会式で殿下は英語でスピーチをされたが、最後の部分はトルコ語で、次のように話されたという。

「ご列席の皆様、世界の隅々にまで安全な水と衛生を届けようと長い道のりを進む私たちの活動は、例えてみればシルクロードを行くキャラバンのようなものかもしれません」

「『ミレニアム開発目標』の達成に向かい、またさらにその先へと向かう水のキャラバンに、この第5回世界水フォーラムが新しい知恵と連帯、そして先へ進む勇気を与えてくれることを願い私のあいさつといたします」

かつてトルコを通ったシルクロードを持ち出し、その砂漠の道を行くキャラバンはまさに水問題に取り組む人々の具体的なイメージでもある。会場は割れんばかりの拍手に包まれたという。

■5.「皆の胸中にある意欲や想いがかき立てられていく」

殿下のご姿勢は、我が皇室の伝統そのもので、人々を指図したり、諭したりするものではない。

「折りに触れ世界の水関係者がご接見を賜るのですが、殿下は大変聞き上手でおられるようです。殿下にご接見を賜ると、普段寡黙な人まで饒舌(じょうぜつ)になります」

「例えば、エジプトの水資源大臣を務めたアブザイド氏は、普段はほとんどお話しにならないのですが、殿下とのご接見では最初から最後まで話し続けられたとのこと。後になって、「どうしてあんなに喋ったのだろう?」と自分で不思議がっておられました」

第1回アジア・太平洋水サミットに向けて、東京で開催された準備会合の折にも、アジア・太平洋地域の水問題の専門家たちがバスで東宮御所を訪問したが、帰路には「我々はもっともっと頑張らなければならない」と大変盛り上がったという。

「勿論、殿下からあれをやろう、これをやろうと言われるわけでは全くないのですが、殿下とお話しをさせていただく中で、皆の胸中にある意欲や想いがかき立てられていくという感じなのです」

こうして殿下とお話しできたことがアジア・太平洋水サミットの設立に大きな力になったという。

天皇皇后両陛下が、被災者たちの声を聞くことで、彼らを元気づけられ、また自衛隊や警察などの救援者たちが、いっそうの使命感をもって活動にあたる。

それと同じことを殿下は世界の水問題の専門家たちに行っているのである。

これが「オム・デタ」ということである。

■6.世界の人々を苦しめている水問題に向かう御心

殿下はどういうきっかけで水問題に深いご関心を寄せるようになったのか。

大分で行われた第1回アジア・太平洋水サミットの記念講演で、そのことを語られている。

殿下は、1987年にネパールのボカラをご訪問になった際にご自身で撮られた、サランコットの丘付近で多くの女性や子供たちが水を求めて水瓶をもって行列をつくっている光景の写真を紹介されて、こう述べられた。

「水くみをするのにいったいどのくらいの時間が掛かるのだろうか。女性や子どもが多いな。本当に大変だなと素朴な感想を抱いたことを記憶しています」

「その後、開発途上国では多くの女性が水を得るための家事労働から解放されずに地位向上を阻まれており、子供が水くみに時間を取られて学校へ行けないという現実があることを知りました」

「また、地球温暖化問題の多くが、水循環への影響を通じて、生態系や人間社会に多大な影響を及ぼすことも知りました」

「このようにして、私は、水が、従来自分が研究してきた水運だけでなく、水供給や洪水対策、更には環境、衛生、教育など様々な面で人間の社会と生活と密接につながっていのだという認識を持ち、関心を深めていったのです」

■7.二十五歳の青年が示した壮絶な「覚悟」

自分が研究してきた水運とは、殿下が英国オックスフォード大学でテムズ川の水運問題を研究されていたことを指す。その研究が、次第に現代の水問題にまで広がっていった、ということである

2年間のオックスフォード大学留学を終えて、帰国途上の殿下を産経新聞記者の尾崎龍太郎記者がインタビューして「私的、体験的皇太子論」という一文を残している

当時、殿下はアメリカのどこかでお見合いをされるかも知れないと、マスコミが執拗に殿下を追い回していた最中であった

そんなある時、わたしは、(マスコミの騒動に)いたたまれなくなって、「直接話しかけてはいけない」という協定を破り、殿下にこう申し上げた。

「殿下、申し訳ありません。かけがえのない自由を楽しまれている時間にお邪魔ばかりしておりまして」

すると、殿下は、微笑を浮かべられて、きっぱりとおっしゃられた。

「いいえ、自由は二年間オックスフォードでじゅうぶんに堪能しましたから」

たった二年間の自由。

それだけでじゅうぶんに堪能したといわれる殿下。

この返答には今後は天皇家のご長男としてひたすら国民のことだけを考えて「天皇の道」を歩まれる「覚悟」が示されている。

もう自分の人生には自由はない。二十五歳の青年が示したなんと壮絶な「覚悟」ではないか。

■8.「まっすぐに前を見つめ続けられる御目のひたむきさ」

水にちなんで、殿下は次のようなお歌を詠まれている。

水もなきアラビアの砂漠に生え出でし草花の生命(いのち)たくましきかな

平成21(2009)年の歌会始めで、御題「生」に寄せて披露されたお歌であった。これは15年も前の平成6(1994)年に、殿下が妃殿下とともにサウジアラビアを訪問された時の事を思い出して、お詠みになった歌であるという。

妃殿下は、この歌会始はご体調不良のために欠席されていた。妃殿下、そして殿下のお歌が読み上げられるなか、テレビはまっすぐに前を見つめ続けられる殿下を映し出していた。

殿下はなぜこんなに昔の事を詠まれたのかの著者の一人、鈴木由充氏はこう書いている。

「それはサウジアラビアが妃殿下とともにご訪問になり、妃殿下とともにご覧になった国だったからという以外に私は答えを見つけることはできない。そう考えると、このお歌も、どんな逆境にあっても必ず妃殿下のご回復を信じておられる、殿下のまっすぐな祈りが託されているように感じられ、新たな感動が湧いてきた…」

とはいえ、殿下のお歌には、私的な感傷に浸るような響きは微塵もない。

あくまでも、ご公務のひとコマを公人として切り出すことに徹しておられる。

それは、テレビに映し出された皇太子殿下の、まっすぐに前を見つめ続けられる御目のひたむきさそのままであった。

皇太子殿下の53歳のお誕生日での記者会見では、東日本大震災の多くの被災者がいまだ仮設住宅で厳冬を過ごされていることを気遣われた後、3月初旬にニューヨークの国連本部で開催される「水と災害に関する特別会合」において、基調講演を行う事を述べられた。

今回は、過去の水災害を記した古文書をひもとかれ、「私としてはそういったいろいろな日本の過去の経験を今回国連の場でお話しして、そして世界の多くの方々の参考にしていただければと、そういうふうな思いでおります」と語られている。

皇太子殿下は、「まっすぐに前を見つめ続けられる御目のひたむきさ」で、日本のため、世界のために歩まれているのである。

■参考■

明成社(編集)『皇太子殿下―皇位継承者としてのご覚悟』