朝日の論調、3つの手口

朝日新聞は3つのパターン化された手口で、その独特の論調を訴えかける。

■1.高校生のハイジャック事件■

昭和50(1975)年7月28日、羽田から千歳に向かっていた全日空機が、宮城県松島上空で若い男に乗っ取られ「ハワイに行け」と要求されるハイジャック事件が起きた。

男は操縦席に入り込み、ポケットに手を入れて何か武器を持っているかのように装って、脅したのである。

機は羽田に引き返し、整備員を装った警官が機内に入って、犯人を取り押さえた。

ズボンのポケットに入っていたのは菓子パンだけで、犯人は母親と二人暮らしの高校生だった。

全日空は再発防止の一環として犯人に約700万円の賠償を請求することを決めた。

請求額は事件でキャンセルされた便の補償など直接出費に限り、それも「取り立てる気はない。ただ犯罪がいかに間尺に合わないか、どんな痛いしっぺ返しがくるか、それを世間に知らせたい、そういう趣旨です」と全日空は記者会見で説明した。

当時、産経新聞記者だった高山正之氏は、「あれくらいの騒ぎでも、結構多くの人が迷惑を蒙り大きな経済負担があるものだ」と驚き、翌日の社会面で30行ほどの記事を書いた。

■2.『朝日』は「おかしい」「異常だ」■

ところが『朝日新聞』は違った。

社会面のトップで「ハイジャック見せしめ694万円」と題して、見せしめのための損害賠償は議論を呼びそうとか、二人の識者を使って「防止効果には疑問」「親苦しめるのは酷」などと論じた。

高山記者はこう思った。

読めば分かるようにこれは黒を白といっている。

真っ当ではない。

ただ腹立たしいことにどこがいんちきかというと意図がヘンなだけで個々の事実には嘘はない。

確かにかたや可哀想な母子家庭で、かたや大航空会社で営利追求はする、だからといってスターリンの粛正文句ではあるまいし、全日空が阿漕に母子家庭に差し押さえかけたわけじゃあない。

しかし文意はそう受け取れ、『朝日』はそういう全日空を厳しくたしなめる。

実に鼻持ちならない。

『朝日新聞』は「まさか」ではなく、間違いなく「おかしい」「異常だ」という確信がこのとき生まれた。

それからまるまる30年。

残念ながら「確信」は裏切られることなく、むしろより異常さが増幅しているように思う。

■3.3つのパターン■

その後、高山氏は産経新聞のテヘラン支局長、ロサンゼルス支局長、編集委員などを歴任し、新聞報道の裏側を良く知る立場から、辛辣なマスコミ批判を展開する。

特に朝日新聞については、その主張にいくつかの決まり切ったパターンがあることを見つけた。

それは、以下の3つである。

・社会的弱者をいたわれ

・よその国の機嫌を損ねてはならない

・日本人を叱責せよ

朝日新聞がいつもこの3つのパターンで記事を書いていると想定すると、弊誌が過去に紹介した様々な(弊誌から見れば「異様な」)主張も、なるほど、と思えてくるのである。

たとえば、冒頭のハイジャック事件では、母子家庭の高校生は、社会的弱者である。

「社会的弱者をいたわれ」というパターンから、社会的強者である全日空のような大企業が、社会的弱者である母子家庭に約700万円もの高額賠償を請求するのは「ケシカラン」という結論となる。

弱者が法を破って、強者に「多少」の損害を与えたぐらいは、「大目に見よ」ということになる。

これでは法律も何もあったものではない。

実際に全日空は「取り立てる気はない」と言っているのだから、すでに大目に見ているわけで、国際常識から見れば「弱者」に優しい処置をとっている。

それを無視して、さらに「親苦しめるのは酷」などと主張する。

■4.「朝鮮人従軍慰安婦」の「思い出すと今も涙」■

慰安婦問題は朝日が火をつけたのだが、その発端となった記事の一つも、やはり「弱者をいたわれ」パターンだった。

平成3(1985)年8月11日付け朝日新聞は、社会面トップで「思い出すと今も涙」「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」とのタイトルで、「日中戦争や第二次大戦の際、女子挺身隊の戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦のうち、一人が」名乗り出たと報じた。

「思い出すと今も涙」「戦後半世紀重い口開く」などと、さすがに天下の英才の集まる朝日、文章もなかなかのもの。

しかし、実はこの女性は日本軍に強制徴用されたのではなく、14歳の時に母親によって朝鮮の置屋に売られた事を、自らある韓国紙に語っている。

「弱者をいたわれ」というパターンに忠実に従うあまり、肝心の事実をねじ曲げての報道では、新聞の基本から外れてしまっている。

14歳で親に売られた少女の身の上は気の毒だが、それは政府や軍の責任ではない、という常識が、「弱者をいたわれ」というパターンで覆われてしまっている。

■5.第2のパターン「よその国の機嫌を損ねてはならない」■

第2のパターンは「よその国の機嫌を損ねてはならない」だ。

その例として、高山氏は船橋洋一氏のコラム「日本@世界」の「六ヶ所村再処理は凍結を」(平成16年12月2日付け)を挙げる。

船橋氏は入社後、ハーバード大学に学び、北京、ワシントン特派員を歴任するという朝日を代表する国際派エリート記者である。

青森県の六ヶ所村の核再処理施設は、核爆弾にもなるプルトニウムを抽出するが、イランや北朝鮮の核疑惑が騒がれている時期に、日本が再処理を始めたら「世界の目は険しくなる」と危惧する。

北朝鮮がそれを口実に核武装するかもしれない。

日本への警戒感を生み出していることに、「日本はもっと敏感にならなければならない」と訴え、だから「日本は再処理を凍結するのがよい」と結ぶ。

使われたのは「よその国の機嫌を損ねてはならない」パターン。自分たちは核実験をやり、テポドンを飛ばすような悪辣な国でも機嫌を損ねてはならない。そんな国々が少しでも危惧を持つようならエネルギー不足で日本が沈没しても我慢しろということ。

朝日は、このコラムを受けてエルバラダイIAEA(国際原子力機関)事務局長と会見し再処理問題について聞いているが(2005年1月7日付け)、日本はIAEAの査察を何度も受けており、局長が日本の核再処理について「険しい目」で見ている様子はまったく窺われない。

朝日の代表的国際派記者が「世界の目は険しくなる」と言っても、それは国際常識から相当ずれている場合がある、という事。

■6.北朝鮮への異常なご機嫌取り■

「よその国の機嫌を損ねてはならない」パターンの極致が、北朝鮮へのご機嫌取り。

弊誌273号では、核、拉致、ミサイルに関する読売と朝日の社説を読み比べてみたが、朝日の論調はひたすら北朝鮮をなだめすかすのみ。

平成6(1994)年に、北朝鮮が核開発施設を稼働させ、「米国からの援助があれば止める」と脅した際に、読売は「段階的制裁を」と主張したが、朝日はこう述べた。

北朝鮮が最終的に米国との交渉による解決を切望している以上、米国は北朝鮮との対話のパイプを閉ざすべきではない。

北朝鮮の脅しは米国と交渉したいというシグナルなのだから、米国はそれを聞いてやるべきだ、という。

ナイフを振り回して、金をせびろうとする不良少年に対して、まずは話を聞いてやれ、というご機嫌取り。

平成10(1998)年、北朝鮮側が拉致疑惑を全面否定した際には、読売は「誠意ある取り組みがなければ、正常化交渉も、食糧の追加支援も困難だという明確なメッセージを」送り続けるべき、と主張した。

それに対して、朝日の方は、被害者家族の北支援に反対するのは、「肉親の情としては当然かもしれない」としつつ、しかし、朝鮮半島の緊張をやわらげるには、構造的な食糧、経済危機をかかえる北朝鮮に必要な援助を続けつつ、 軍事的な暴発を防ぎ、開放を促していくしか道はない。

それがもうひとつの現実である。

ここでもやはり北朝鮮のご機嫌取り。

この年の9月には、北朝鮮は日本列島越しにミサイル実験を行った。

ここでも朝日は「とても容認できない」としつつも、 最後は「約束通り10億ドルと食糧支援を」と結ぶ。

他国民を拉致したり、勝手に核兵器開発をしたり、他国の上空に勝手にミサイルを飛ばしたり、という無法は許されない、というのが国際常識だが、これらは朝日の社説では「よその国の機嫌を損ねてはならない」パターンに覆い隠されてしまっている。

■7.第3のパターン「日本人を叱責せよ」■

第3のパターンは、「日本人を叱責せよ」である。

平成16(2004)年4月のイラクでの人質事件では、社説「NGOの芽を摘むな」で「紛争地や貧困に苦しむ地域で人道支援をしているNGOや個人に対して、日本社会の理解が不足している」と社会全体に対してお説教を垂れた。

また、平成13(2001)年11月の海上自衛隊の護衛艦隊がアフガニスタン空爆を行っている米艦隊支援のためにインド洋に出港すると、「そんなに旗を立てたいか」と題した社説で嫌みを込めた小言を言う。

極めつけは平成元(1989)年4月の珊瑚落書き事件で、「80年代日本人の記念碑になるに違いない。百年単位で育ってきたものを、瞬時に傷つけて恥じない、精神の貧しさの、すさんだ心の・・・」と書いた。

これは、後に朝日新聞の記者自身が珊瑚礁に傷つけて書いた捏造記事だと判明したのだが、そこまでして「日本人を叱責せよ」パターンを使うとは、よほどこの思考方法が身に染みついている。

■8.自虐史観・歴史教科書問題で「日本人を叱責」■

「日本人を叱責せよ」パターンの走りと言えば、昭和46(1971)年に朝日に連載された本多勝一記者の「中国の旅」。

かつて東京日日新聞(毎日新聞の前身)が戦争中に「南京を目指す日本軍の二人の少尉が100人斬り競争をした」という戦意高揚のでっち上げ記事を書いた。

本田記者はそれを「殺人ゲーム」と再粉飾して、日本軍の残虐ぶりを糾弾し、反省を求めたのである。

このあたりから自虐史観が広まっていった。

自虐史観から教科書問題に発展させたのも、朝日である。

昭和57(1982)年6月26日、朝日新聞は一面トップで、「教科書さらに『戦前』復権へ」と題した記事を掲載し、歴史教科書の「日本軍が華北を侵略すると」という一節が、検定で「進出すると」に書き換えられたと報じた。

これを受けて、その一ヶ月後、中国から「歴史教科書改竄」に関する正式な抗議がなされた。

しかし、これも虚報であることが判明したのだが、朝日はなかなかそれを認めず、「侵略→侵入」と修正した例はあった、などと苦し紛れの弁解を続ける。

そうこうするうちに、宮沢官房長官が、「教科書記述については、中国、韓国など近隣諸国の批判に耳を傾け」る、という談話を発表する。

これに対して、朝日は自らの虚報は棚上げして、「なお今回の政府見解の表現には、いまひとつ率直さが足りない。残念なことである」(8月27日社説)と逆に政府を叱責した。

■9.日本人の国民性につけこむ手口■

このように朝日の異常な報道・論説を辿っていくと、確かに「社会的弱者をいたわれ」「よその国の機嫌を損ねてはならな い」「日本人を叱責せよ」のいずれかのパターンで書かれている。

実はこの3つは、日本人の国民性を巧みに突いた手口。

「社会的弱者をいたわれ」というのは、日本人が持つ国民相互の強い同胞感に訴える。

「よその国の機嫌を損ねてはならない」とは、他者への気配り・思いやりを尊ぶ日本社会の特質に合致する。

さらに「日本人を叱責せよ」は、自己反省と向上意欲の強い国民性から、受け入れられやすい。

おそらく朝日は長年の経験から、この3つのパターンが日本人の国民性に強い訴求力を持つことを発見したのだろう。

これらの国民性は日本人の美質と言えるが、いずれも情緒的なものであり、朝日の論調はそこを突くことによって、異様な主張をさも尤もらしく説くのである。

「社会的弱者をいたわれ」と言っても、弱者の犯罪までが見過ごされていい訳はない。

「よその国の機嫌を損ねてはならない」と言っても、日本の国益を損ねてまで、相手の国の不法を黙認しなければならない義理はない。

そして「日本人を叱責せよ」と言っても、やってもいないことまで謝る必要はない。

こう考えると、3つのパターンを駆使する朝日の姿勢は、社会の理非を糺すという言論機関というよりも、読者の情緒・感 情に訴えて、自らの主張を広めようとする扇動機関にふさわしいと言えよう。

国際派日本人としては、日本の美しい国民性は維持しつつも、情緒的にそこにつけこまれる事のないよう、健全な理性と常識を鍛えておかねばならない。

■参考■

1. 高山正之『歪曲報道 巨大メディアの「騙しの手口」』 PHP研究所、H16