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檜 與平

撃墜数は12機。

戦隊長・加藤建夫中佐の下、加藤隼戦闘隊として有名な帝国陸軍飛行第64戦隊の隊員を務めた経歴を持ち、敵戦闘機との空戦によって右脚を切断されるが、義足を付けて戦列に復帰した「義足のエース」として知られる。

1943年11月、米陸軍機の新鋭機P-51から奇襲攻撃を受け瀕死のダメージを負うが、無事に帰還。

しかし負傷により右足下腿部切断の手術を受け、療養のために日本内地に帰国。

陸軍病院にてジュラルミン製の義足を履く。

空中勤務者には不可欠の足を失っているため一時は復帰の道を絶たれるが、檜自身の強い意思と文字通り血の滲む懸命なリハビリによって空へと戻ることを認められる。

1945年7月、伊勢湾上空で再びP-51と空戦しこれを撃墜、右足の借りを返すという逸話を持つ。