我、軍人としての本分を立派に果し、神風大和艦上に最期を飾るは、我、無上の譽れと深く心に銘記し笑つて死すものなり。

御両親様、妻愛子は良嫁になかりしが、我の妻で御座居ます。

夫婦の契を立て、二世を誓ひし以上は、我と一心同体なりし事は申す迄もないと存じまする。

ましてや我は國難に殉じる軍人です。

其の家族が軍人の家族らしからぬ事、此の世に多しと承り、此に一言遺書を記すものなり。

(中略)

一、里方へ帰るも可なれど、里方には御迷惑せられますれば、我家にいては居辛く本人としては我家を出て静かに自活したき希望なれば、本人の希望通りに自力自活の道に進む様御願ひ申し上げます。

其の上にて再婚の道有ればお進め下さい。

再婚致す迄は愛子の籍は我が妻として置て戴きたく御願ひ申し上げます。

一、人間は感情の動物なれば、憎きやつと思へばだんだんと遠ざかり、可愛がれば愛子とても孝養せなくてはならなくなると我は存じますれば、嫁と思はず、我子と思はれまして可愛がつて下さいます様御願ひ申し上げます。

海軍工作兵曹長

小笠原 嘉明

戦艦「大和」乗艦

昭和二十年四月七日

九州坊ノ岬南方沖合にて戦死

愛知県出身

二十九歳