平和主義者にとって日本は、あくまで戦争犯罪国家で、自衛隊は侵略の為の軍隊であり、そうでなくてはならない。

アジアの人々に苦しみを与え、日本国民にも被害を与えた侵略国家でなくては傍聴や捏造をしても目的が手段を正当化するなら、史実や事実、論理性など問題ではない、彼等の目的はネガティブイメージの刷り込みを繰り返す事によって、日本人の思考を停止させること…

共産主義者の思考は「自己肯定」と「他者否定」で無意味に他者との相互理解や他者に対する寛容や意思すらさえない後進的としか言えない

狂信者に多いのは、己が信じる教義を守ることを目的化してしまい、往々にして世間は無慈悲で異なる意見の持ち主の存在を許さなく、恥知らずで、中・韓の反日政策に便乗し、日本への内政干渉を手引きする…

●日教組と言う組合に存在意義などない。

子供の授業よりも、卒業式で君が代・日の丸を掲げさせないための会議を優先。

子共には、国家の非道を無意識に植え付ける洗脳教育。

仕事をしていないくても権利だけには、やたら敏感で、夏休みのプール指導(遊泳、バカか?)なら児童が水泳検定をしてほしいと言っても

「指導に来たのではない。遊泳を監察しているのだから検定はしない」

組合の資金源となる教科書検定(特定の会社を選ぶ事により資金が得られる仕組み)になるとやたら張り切る。

では指導計画通りにやっているかというと、全然やってないない。

情報公開を迫られたらどうする気?

夏休みになると必ず配られる○○推薦映画。

あれは、ただの資金源。

つまらん映画を必死で宣伝。

逆に市や県でやっている行事には、どんなに有意義な事でも反対。

5時には「権利」と称してぴったり帰宅。

遅い人は8時9時まで仕事をしていても平気。

さすがに保護者から○○先生の帰宅は早すぎないかとクレームが来る。

これが組合の実体。

これでも組合に存在意義があるんか?

さらに付け加える。

組合全盛だったン10年前。

組合員は非組の教員を精神的に追いつめるため、自宅に見張り番をつけて、常時監察。

ほした洗濯の数までチェックしていた。

嘘みたいな本当の話。

校長と教頭が朝早くきて、その日の打ち合わせをするのだが、その内容を知るために校長室に盗聴器を仕掛けた学校がある。

これも事実。

こんなことはザラにあった。

非組は組合員による不合理な「総括」の犠牲になった人は実に多い。

嘘だと思うか?

●議論ばかりで、教育そっちのけの組合がどんなに現場の教員や生徒を毒してきたか…

徹底的に闘ってほしい。

もはや、誰も支持していない、それがわからないのか?

こんな馬鹿な教員組合に毒された学校に、相変わらず、おびただしい税金が浪費されていると思うと心の底から腹が立つ。

この数十年間、組合管理の学校で何が行われてきたか、みんな知っている。

校長を恫喝し利用し放題に利用し、孤立させたり、祭り上げたり、そして学校を支配した。

ヒラが絶対者として学校に君臨する。

気持ちよかっただろうし、実にやりがいがあったことだろう。

何で、こんな奴らに教員は黙って従っているのか?

予算を支配して好き勝手に金を浪費し、持ち時間を最小限に減らし、そのために教頭に授業を強い、折にふれ日直を拒否し、年休は常に完全消化を目指し、さらに研修名目や自宅採点でサボりまくっている。

もう組織犯罪。

感謝されただろう、教員から。

さらに女性教員は月2回の生理休暇の行使さえ保障した。

驚くのは50代の教員さえ未だにキチンととっている。

働かぬことこそが権力との戦いだと思っている。

たった一人の在日の子の人権を云々しながら、何十人もの生徒の人権、学ぶ権利は平然と踏みにじって何にも感じない。

日の丸・君が代、反対だって?

日の丸・君が代への反対を学校行事と錯覚してる。

組合員に命賭けて反対する気持ちなんか初めから全くない。

それでいて必死の校長をせせら笑っている、茶番もいいところ。

50代の55年体制ぼけ教員の適性検査を実施すべき、革マルや中核に属する教員がなぜ排除出来ないのか?

校長らに報告させればすぐリストが挙がるはず。

この辺にメスを入れなければ、高校はもう10年再建できない。

サボりまっくて働かなかった退職教員へ絶対に嘱託に採用してはダメ、そんなことを許すから舐められ続けてしまう。

それと、無能な管理職は、早く辞めて貰うこと、気の毒だけど仕方がない、世の中変化しているから。

■原因1 日教組は美しい日本人の心を破壊してきたから

昭和二十年(一九四五)敗戦を契機として日本にどっと流れ込んできた思想が大別して三つあります。一つ目は自由・平等・平和・民主主義といった政治理念、二つ目は個人主義を標傍する欧米思想、三つ目は社会を階級的に捉えるマルクス主義でした。

日教組は活動理念に平和主義・児童中心主義・階級国家論を中心にすえ、教育の場を利用し反体制運動を展開しました。

人を愛し・人を信じ・人につくし、郷土や国を愛する人づくりの場に協力心を培うのでなく、反抗心を人間関係に憎悪と怨念の情を浸透させ日本人の心を破壊しようとしたのです。具体的活動について列挙します。

①先祖を敬う心、家族の絆を大切にする日本の伝統的な価値観を否定。

②自虐的な歴史教育を通して日本の歴史や文化の否定。

③日本の郷土や国を愛する教育の否定。

④宗教的な心情、公共心や規範意識を高める道徳教育の否定。

⑤子供の権利を尊重し、自己決定権を認め権利を主張する教育の推進。

⑥悪平等主義・偽平和主義教育の推進。

⑦ジェンダーフリー(性差撤廃)運動、過激な性教育運動の推進。

⑧国・行政・管理職と対立し、いたずらに教育の場を混乱させる運動の推進。

■原因2 日教組は活動の底流に誤った教育論を持ち込んだから

①戦後の教育界に持ち込んだ、子供中心主義と平等主義

昭和二十二年(一九四七)、アメリカ教育使節団報告書がマッカーサー最高指令官に提出され、占領下における日本の教育の方向が提示されました。

「戦後六十年、日本の教育は、マルクスとマッカーサーのDNAを受け継いできた。現在の教育荒廃の底流にあるのは、このDNAの核心である「子供中心主義」である。

アメリカ教育使節団の理論的支柱であるデューイの教育論をつまみ食いし、観念的で空想的な子供中心主義を日本の条件を無視して教条的に持ち込んだ。

そして現実離れした極端な平等主義を教育現場に適用したのである」と石井昌浩氏が『教育問題』第九号で述べているが、まさに戦後の教育観は、戦前と比べ一変した。

教育使節団の「子供の自主性を尊重し、大人はみだりに子供の言動に対し、干渉してはならない」というアメリカ教育使節団の提示にとびつき、「子供は無限の可能性を持っている。大人は子供に自分の考えを強制するな」といった教育論を振りまいたのが日教組と進歩的学者文化人でした。

加えて日教組の教育理念の主柱は日教組の綱領に述べられている通り教師は科学的真理を求め、社会主義社会の実現に向け、子供たちにイデオロギーを注入することにあった。国家は悪、個人は善、資本家は悪、労働者は善、与党は悪、野党は善というように社会を対比的に捉えて抗争の場として教育を利用したのです。

人間は憲法にうたわれている通り、平等であるべきです。

しかし、人間の社会において機会の平等は不可欠であるが結果の平等はあり得ない宿命を認識すべき。

日教組教育六十年の結果、自己中心主義が横行し義務を履行せず、権利を主張する日本人が大量に輩出したのも事実であります。

②人間の成長に応じた子育てのコツが大切

「三つ子の魂百までも」

「鉄は熱いうちに打て」

と、日本には昔から子育てのコツを述べた言葉がある。

最近、脳科学学会でも幼児教育の重要性が立証されてきました。子育てのポイントとして「乳幼児期には肌を離すな、幼年期には手を離すな、少年期には目を離すな、青年期には心を離すな」にあり、と言われている。

また親学を推進している高橋史朗教授は「しっかり抱いて、そっとおろして歩かせる」と述べ、人間の成長に応じての接し方を示しています。

日教組は子供は育てるのでなく「育つ」のだと子供の主体性を尊重すべきと主張しているが、子供の成長期に応じての大人・親の的確な心くばり、目くばりが必要と考える。

よく「人づくりなくして国づくりなし」と言われる。

元来、人づくりにおいて、つくるのは大人であり、つくられるのは子供。

つまり、教育の主体は大人であり、客体は子供。

子供が主役でなく教育の営みは大人と子供の共同作業であり主役も脇役もない。

教育改革がいま叫ばれている。

教育内容・方法・制度などの改革も重要。

しかし、日本の歴史・伝統に基づき、日本人の心にマッチした教育理念の構築抜きでは真の教育改革はあり得ないと考える。