九条の会という団体が、全国津々浦々に存在する。
所属会員は元職、現職の教育公務員が多いと聞く。
憲法九条を守ろう!
九条は世界の宝だ!
九条の理念を広めよう!
と、何かと憲法九条を持ち上げている。
九条を守るだけでなく、これらの団体は頻繁に衣替えを行い、教育基本法を旧法に戻せ!
裁判員制度反対、「教え子を法廷に送るな!」
差別をなくす人権教育の充実を!
原爆水爆禁止!
朝鮮学校授業料無償化の早期実現を!
国旗国歌反対!
また最近では、福島原発事故を受けて
「原発いらない!」さようなら原発
など、様々な運動を行っていて、まさに七変化と言える。
安倍政権のもとで改正された新教基法は「教師や児童・生徒を生きづらくさせる悪法」と位置付け、本来は教育委員に委ねるべき教科書の採択にも、遵法精神クソ喰らえとばかり、あの手この手で妨害行為を繰り返す始末である。
また裁判員制度に関しては、すでに施行されているにも関わらず、「教え子を法廷に送るな!」などと、恰も自分たちは教員ですと告白している。心配せずとも教え子は、未成年者であるから裁判員に召集されることはない。成人してからのことは本人が決めるであろうから、そこまで口出しする権利はないはずだ。
差別をなくすと言いながら、自衛官を「殺人集団」などと誹謗中傷し、自衛官の子や孫を差別しているのはどっちだと問いたい。
一方の人権を守るために、もう一方の人権を平気で踏み躙る二重基準ぶりや、教師の思いを忖度させて書かせる「人権作文」に、児童・生徒がウンザリしていることに、いい加減に気付くべきである。
原爆水爆禁止というが、日本はそんなものを保持していないのに、毎年恒例で大集会を行っている。
そんな集会は原爆水爆を保持、あるいは開発しようとしている国でやらねば意味がない。
朝鮮学校授業料無償化の実現を迫るが、我が国の公教育でさえ予算がままならず、耐震設備、教育教材が充分でない状況からすれば、そちらを拡充することが先決。
毎年、各PTAが様々な要望を続けている。
独自の民族教育を行う特殊学校への支援は、その本国から得るのが「民族の誇り」を持たせることに有意義であるに違いない。
さらに呆れるのは国旗国歌に反対して、法令違反行為に当たるというのに、式典に当たるというのに、式典での不起立を「信念を貫く立派な行為」と自己陶酔し、児童・生徒にもそれを押し付け、尊重されるべき個々の思想信条を侵しているのはどちらの方だと聞きたい。
特に反原発運動では、直ちに原発を止めろなどと主張するが、教育現場も電源なくしては授業が成り立たない。
暗い教室のなかで授業を受けていては、近眼になる児童・生徒が急増するばかりである。
「教え子を近眼にするな!」と言いたい。
所属会員は元職、現職の教育公務員が多いと聞く。
憲法九条を守ろう!
九条は世界の宝だ!
九条の理念を広めよう!
と、何かと憲法九条を持ち上げている。
九条を守るだけでなく、これらの団体は頻繁に衣替えを行い、教育基本法を旧法に戻せ!
裁判員制度反対、「教え子を法廷に送るな!」
差別をなくす人権教育の充実を!
原爆水爆禁止!
朝鮮学校授業料無償化の早期実現を!
国旗国歌反対!
また最近では、福島原発事故を受けて
「原発いらない!」さようなら原発
など、様々な運動を行っていて、まさに七変化と言える。
安倍政権のもとで改正された新教基法は「教師や児童・生徒を生きづらくさせる悪法」と位置付け、本来は教育委員に委ねるべき教科書の採択にも、遵法精神クソ喰らえとばかり、あの手この手で妨害行為を繰り返す始末である。
また裁判員制度に関しては、すでに施行されているにも関わらず、「教え子を法廷に送るな!」などと、恰も自分たちは教員ですと告白している。心配せずとも教え子は、未成年者であるから裁判員に召集されることはない。成人してからのことは本人が決めるであろうから、そこまで口出しする権利はないはずだ。
差別をなくすと言いながら、自衛官を「殺人集団」などと誹謗中傷し、自衛官の子や孫を差別しているのはどっちだと問いたい。
一方の人権を守るために、もう一方の人権を平気で踏み躙る二重基準ぶりや、教師の思いを忖度させて書かせる「人権作文」に、児童・生徒がウンザリしていることに、いい加減に気付くべきである。
原爆水爆禁止というが、日本はそんなものを保持していないのに、毎年恒例で大集会を行っている。
そんな集会は原爆水爆を保持、あるいは開発しようとしている国でやらねば意味がない。
朝鮮学校授業料無償化の実現を迫るが、我が国の公教育でさえ予算がままならず、耐震設備、教育教材が充分でない状況からすれば、そちらを拡充することが先決。
毎年、各PTAが様々な要望を続けている。
独自の民族教育を行う特殊学校への支援は、その本国から得るのが「民族の誇り」を持たせることに有意義であるに違いない。
さらに呆れるのは国旗国歌に反対して、法令違反行為に当たるというのに、式典に当たるというのに、式典での不起立を「信念を貫く立派な行為」と自己陶酔し、児童・生徒にもそれを押し付け、尊重されるべき個々の思想信条を侵しているのはどちらの方だと聞きたい。
特に反原発運動では、直ちに原発を止めろなどと主張するが、教育現場も電源なくしては授業が成り立たない。
暗い教室のなかで授業を受けていては、近眼になる児童・生徒が急増するばかりである。
「教え子を近眼にするな!」と言いたい。