日本の過保護で世界一幸福だった二十世紀の朝鮮民族「韓国併合」と言われるもの本質は、日本の朝鮮植民地化ではなく、日韓の合併だった。

戦後の朝鮮人はよく、日帝の植民地略奪」を強調し、日本人も朝鮮では台湾以上に過酷な統治が行われていたと考えがちだが、事実はまったくその逆である。

朝鮮では台湾よりも地租が安く、産米も逆ざや制度が取られ、地下資源の経営も中央政府からの補助で支えられ歳出も中央による年平均15~20パーセントの補填で支えられていた。資本投資も台湾より朝鮮の方が大きかった。

そのため二十世紀初頭まで糞尿だらけで世界一不潔な都市といわれていた現ソウルなど、美しい近代的な街に変貌し、半島の人口も倍増した。

普通の近代国家なら、国民が国防費を賄うのが義務であり常識だが、朝鮮人からは一銭たりとも徴収しないという特別待遇だった。 

二十世紀の人類史において、当時の朝鮮人ほど、過保護を受けて幸福に暮らしていた民族はない。

飢饉・疫病や戦乱・革命の被害も、自国民同士の朝鮮戦争を除いては、この国の人々の損害は実に小さい。

このように韓国は、日本に依存しながら成長した国家。

戦後の国作りの成功、OECDの加盟の達成にしても、日米の資本と技術の移転に頼ったからこそだ。

「第二の国辱」と言われる97年末以来の金融危機も、IMFの管理下に入ることで国際的地位を守っている。

他力本願、ことに対日依存というのが、近代以降のこの国の体質になっている。

日本は日清戦争で韓国を独立させてくれた。

日露戦争でロシアに食べられる寸前の韓国を救ってくれた。

それなのに韓国はこれを感謝しなかった。

あの国に着き、この国に着き・・・結局は外交権を奪われる事になった。

しかし、これは我々が自ら招いた事態である。

丁未条約を締結する事になったのも、やはりハーグ事件を起こした我々に責任がある。 

伊藤博文が韓国の国民を見守ってくれ、皇太子を導いて韓国の為に尽くしてくれた事は忘れられない。

それなのに暗殺事件が起こってしまった。

今後、どんな危険が到来するのかわからない。

これもまた韓国人が自ら招いた事態である。

(中略)

だから劣等国民として保護されるよりも、日本と合邦し大帝国を作ろう。

世界の1等国民として日本人と全く同じ待遇を受けながら暮らしてみよう。

※1909年 12月4日「韓日合邦を要求する声明書」一進会(百万の朝鮮人会員)

迫りくるロシアの脅威や各地を植民地化する欧州列強の世界情勢で朝鮮が自力で近代化を終えるまで待つ猶予なんて日本にはなかったのではないか?

歴史にIFはつきもの、冷静に当時の日韓併合に至った日本と半島、そして当時の世界情勢を分析する必要もある。

長い間、朝鮮は隣の大国清の属国になっていた。

清皇帝から受けた恩に、感謝して迎えるために作った門。

迎恩門ここで朝鮮王は、9回頭を地面に叩きつけて、ひれ伏し、清の使者を迎えた。

清の太宗が要求したのが、九叩三拝(頭を地にこすりつけて、土下座して謝罪)という屈辱的な礼。

太宗は、朝鮮王朝がこれを忘れないようにと、わざわざ、モンゴル語、満州語、漢語の碑文を作って、その場所に建てさせた。

日本に併合されて感謝しろ!糞朝鮮人!