細川隆元氏は昭和天皇と対談をしたことを本にしているが、対談の後で入江侍従長といろいろ陛下についてお話しされていて、そのお話に陛下のお人柄がうかがえるエピソードがいろいろあり、その中から印象に残ったものをご紹介する。

ヨルダンの日本駐日大使はシャモート氏という人だった。

この人が本国にかえることになった。

入江侍従長

「それが離任帰国というので夫人同伴で拝謁したわけですね。シャモートは一応お話ししておったんですよ。そのうち陛下がお話しかけになったら、婦人は泣いて泣いて大変なんです。もう天皇陛下にお目にかかれないって泣いて泣いて、宮殿の竹の間を出るときに…」

「それまで夫人は午餐、園遊会、新年と陛下のお誕生日にもお目にかかっているんですよ。だけどお話をしみじみするのは、午餐の時とお別れのとき」

「陛下が、長い間勤めてくださって、日本のこともよくわかって下さっていたのに、とうとうお別れしなければいけないことになって。とおっしゃったら、ワァーッと泣いて大変なんですよ。そして、いよいよ竹の間を出るときに、こうやって、もうこれで見納めだという…」

「そして千草の間という次の間に下がったらば声を上げて泣いてね」

「シャモート大使もつり込まれて一緒に泣いて泣いて帰っていったんですよね」

「そういうのが非常に多うございまして、ある時、ハンガリーの大使がお別れに来たら、その奥さんが泣いたんです。今度はまたフィンランドが泣いたんです。それで陛下に、一生懸命おやりになったので、ああやってみんながお別れを惜しんでよろしゅうございましたね、と申し上げたら、陛下が」

「いや、あれは東洋の血が入っているからだ」

「とおっしゃるんですね。ハンガリーのハンはフン(匈)でしょう。フィンランドのフィンも同じですね。フン族、匈奴の血が入っているとおっしゃるから、東洋の血が幾らかは入っているかもしれないけど、だいぶそれは古いことで、もう効き目はないでございましょうが、と申し上げたんですがね」

細川

「なるほど(笑)」

入江

「私はこの役をやっていて一番幸せだと思うのは、そこに立ち会えることですね。泣いて泣いて、お別れを惜しむというのは、本当に嬉しいです」

「それがさっきからおっしゃっているファーとした、二千年ですよ、やっぱり」

細川

「そうそう」

入江

「前の式部官長の人に聞くと、クーデターでその地位についたというような人がくるでしょう。もうすごいんですって、威張って。ところが、陛下に30分ほどお目にかかって、帰るときには、もうすごく穏やかな雰囲気になっている」

細川

「なるほど…」

入江

「ああいう境地があったかということに気がつくんじゃないでしょうか」

細川

「そのとおりですね」

(中略)

細川

「しかし入江さん、くどいが「陛下、侍従長の着ておられますあのワイシャツ」という話…」

入江

「いや、あれがまた陛下なんですよ」

細川

「それは知らんから知らん」って。そういう方なんですね。見てないから知らんと。普通なら「何だ、それは」というでしょう」

「あ、見とらんから、知らん」

「普通なら、「何だ。あ、そうか。あ、なるほど、少し変わっとるな」というでしょう。「見とらんから知らん」でおしまい」

入江

「いや、いいですねえ。ワイシャツを気にするようになっちゃあ、ダメですよ」

細川

「それを凡人は下着まで気にするからね」

入江

「ダメですねえ」

細川

「やっぱり偉いですね」

入江

「それだからぼくは、陛下のおそばへ出て四七、八年になるんですが、言葉は悪いけど、全然退屈しないの」

細川

「ああ、そうかもわからんね」

入江

「毎日、面白いのね。むっちゃくちゃな楽しさがあるの」

細川

「普通だったら、ベタッとしていつまでも、それはどこから買って、幾らだったとか」

(中略)

「あれが別の国の国王だったらすぐ「俺にも2着ばかりつくってくれ、タダでな」と、こういうところだ」

入江

「そうすると国はおかしくなる」

細川

「そうそう。そのとおり。けだし名言です」

「わしは初めて空気の味がわかった。吉田さんの 、「臣茂」という気持ちだって自然に出てくるんですね。相手が元首であろうが、なんであろうが、臣茂。あそこに吉田の良さがある。誰がなんと言おうとね」

入江

「あれは、あのとき、ついそういう気持ちになって出ちゃったんでしょうね」

細川

「そうです。それを新聞が悪口書いてね。何だ、何が臣だ。臣という言葉はもうなくなっとるはずだなんて言う新聞はバカですよ」